うみの独身寮 <2>
数か月後―ー父さん母さん、俺に家を遺してくれてありがとう!!
今まで住むのも手放すのも辛くて、ただクソ高い固定資産税を払ってきたけど今日から独身寮として使わせてもらうよ。やがて来る俺の豊かなシルバーライフのために!――
独身寮へとリフォームを済ませた実家の前で、これから半永久的に得られる不労所得を思いイルカは滝のような涙を流していた。
隣で拍手をする出資者はたけカカシにイルカは話しかける。
「我ながら独身寮とは良い思いつきでした。せいぜい長くても4,5年で結婚し入居者が入れ替わる。そのたびに敷金礼金ガッポガポですからね」
「でも、俺はイルカ先生以外とは結婚しませんよ。ずっと住み続けます」
「俺は絶対にカカシ先生とは結婚しませんよ」
「ヒドイ。出資金を回収したくなってきました」
「それは困りましたね。そうだ! 朝夕食事付きにしてあげますから機嫌を直してください」
「はいはい。でも、イルカ先生料理できましたっけ?」
「いえ。まったく。なぁに、独身男の味覚なんてちょろいもんですよ。炊き立てご飯にレトルト―カレー。福神漬けでも添えてやれば、家庭の味だと泣いて喜ぶでしょう」
「そんな無茶な」
「いーや、一般の独身野郎の味覚なんてそんなもんなんです!」
イルカのドヤ顔を見て、炊き立てごはんにレトルトカレーで懐柔できる相手と思われている自分が少し情けなくなるカカシである。
そして実際イルカの言葉だけで懐柔されている自分に気付き悲しくなった。
「で、肝心の入居者は集まっているんですか?」
「ええ。おかげさまで満室です。もうしばらくすると見学と顔合わせをかねて、入居者の皆さんがいらっしゃいます」
そうイルカが言い終わるかどうかのタイミングで、ぞろぞろと入居者たちがやってきた。その顔ぶれに、カカシの顔がみるみる引き攣っていく
「おぉ! 我が永遠のライヴァル! カカシィ〜!! ついに同じ屋根の下に住まう日がやってきたな!!!!」
車椅子とは到底思えない速さで、カカシの側に行きついた彼は、カカシの背中をバシバシと叩いている。
「痛いよ。……ガイ 俺はお前とだけは一緒に住みたくはなかったよ」
「むぅ! 良い歳をして素直になれぬとはお前らしいなぁ!!」
「うーん、ま、そういうことにしとこうかぁ〜。で、テンゾ。なんでお前までここにいるの?」
「ボクも入居するからですよ。イルカさん、あなたの貞操はボクが守ります!」
「いや、自分で守りますから」
「……じゃ、もしものときの保険扱いで結構です」
「よろしくお願いします」
「あー……。テンゾウお前ね。俺の後輩でしょ? 俺の繊細な恋心を守ろうって気にはならないの?」
「なりませんね。ボクが守りたいのはイルカさんの貞操と火影まで務めた先輩の名誉です! 先輩が強姦罪で捕まるくらいなら、いっそこの手で……」
「このバカテン! 勝手に俺を犯罪者予備軍にするんじゃないよ!」」
辺りに殺気を振りまき、拳を握りこむ木遁使いと元火影。
そんな二人の肩をイルカがトンと叩いた。
「はいはい。そこまでー。私、うみのイルカが入居者のみなさんをご紹介いたしますね。といっても、みなさんお互いによくご存じだと思うんですけど。
はたけカカシさん、マイト=ガイさん、ヤマトさん、不知火ゲンマさん、エビスさん、森乃イビキさん、以上です」
「ちょっとまってよ、イルカ先生。なんでこいつらなのよ?」
「知りませんよ。不動産屋が仲介してくれたんですから」
「こいつらと一緒に住むなんて俺は嫌ですよ! そもそもコイツらのどこが“里の将来を担う”若手たち”だっていうんです! こいつら全員初老でしょうが! 40超えたら初老って辞書にものってますよ!!」
「そんなのは、もうどうだっていいんです!!とにかく、経営者は俺。カカシさんはただの出資者なんだから黙っててください!」
納得はいかないが、愛する人に黙れと言われれば黙るしかないカカシである。
「じゃ、みなさんのお部屋に案内しますねー」と爽やかな声と共に歩き出すイルカに、カカシを含む入居者たちはぞろぞろと付き従った。
おぉ!! これは!!
ここそこで歓声があがる。
なにしろ、相場の3倍は金をかけたリフォームである。
共有スペースも、個々の部屋も十分すぎるほどの広さがあり、質の良い家具が揃えられている。住み心地は最高だろう。
皆の様子を満足げに眺めていたイルカは、背後の小さな音に気付き振り返った。
ん? 窓ガラスに何かが
はりついて、ぇえーーええ!?
綱手姫ー!?
イルカは慌てて駆け寄り、窓を開けた。
「よっこらしょ、っと」
いかにもな掛け声とともに、「イルカ、来てやったぞ!」と窓から入ってくる綱手。
「呼んでません」とっさに叫び返してしまったイルカは自らの不敬に気付いて慌てて言葉を付け足した。
「つ、綱手様、玄関を利用してください。いや、そんなことより、何故ここに!?」
「お前が独身寮を経営すると聞いたので私も入居しようと思ってな」
「ダメです!!!!ここは女人禁制です」
真っ青になってカカシが叫んだ。
ただでさえテンゾウガードをかいくぐり、イルカにセクハラをしなければならない状況なのに、イルカ贔屓の綱手までもが共に暮らすとなれば、不埒な真似どころか通常のスキンシップだってできるか怪しい。
「ほぅ、女人禁制とな。しかしこれからの里は、地位の上下や性差に囚われることなく、なにごとも平等にやっていかねばならんだろう。私の入居に文句があるとは言わさんぞ?」
ギロリ、とひと睨みされてカカシは竦みあがる。流石は元火影。なんて思ったあとに自分も元火影であることに思い至ると、腹の底からふつふつと闘志が沸いてくるのだった。
「お言葉ですが、綱手様。このような男所帯に貴女のような美しい女性が入居されれば風紀が乱れます」
「ふむ……それもそうだな」
「ええ。ここの入居者はみな一流の忍びばかり。アナタを巡り入居者の間で諍いが起これば、里にも甚大な被害が」
「むぅ……」
よし、もうひといきだ! とカカシが言葉を継ごうとしたところで、まさかのガイ登場である。
「だーっはっは! 心配にはおよびません綱手様!!
いくら術で外見をとり繕っても、70に手が届こうかというBBAに狂うほど我々も飢えてはおりませんよ!
それにあなたの性格はわれわれ皆嫌というほど知っておりますしな! だから何の心配もありません、一緒にすみましょッグボワァアアアアアアアア!!!!!」
「あぁーーーーっ!!! 壁がー 壁がぁー 修理費がぁあああ!」
イルカの悲鳴が家中に響き渡る。
車椅子ごと吹っ飛ばされたガイは、外壁を突き破り庭の池に落ちたのだった。
「とにかく私はここに住む。私に不埒な考えをいだいたものは、こうして吹っ飛ばすので、そのつもりでいろ」
「おもいきり杞憂です!!!」とはだれも言えないまま綱手の入居が決まり、あからさまに凹だカカシを尻目にイルカが申し訳なさそうに口を開いた。
「綱手様、大変申し上げにくいのですが、現在満室でして」
その言葉に、カカシの目がギランと光った。
――−忍者は裏の裏を読め!そうでしたね? ミナトせんせいっ――−
「綱手姫、俺の部屋をお使いください! 俺はイルカ先生と同じ部屋でいいですから」
「は? 何を言っているんです? 俺はよくありませんよ。絶対に!!」
「ボ、ボクだって納得できません。先輩とイルカ先生を同室にするなんて、狼と兎を同じ檻に放り込むようなものです!」
「ほう、部屋を譲ってくれるのか。カカシすまないな」
イルカとテンゾウのことをナチュラルに無視する綱手である。
「綱手様聞いてます? 部屋は空いてないんです。俺、カカシさんと同じ部屋でなんて無理ですから」
ワタワタと手を振り慌てるイルカに綱手はにぃーっこりと笑いかけた。
「じきに慣れるだろう。気にするな」
そして、綱手はカカシとイルカの後ろで息をひそめている者たちに陽気に話しかけた。
「おー!!お前たちも入居するのか。しっかしまぁ、イルカよ。薹の立った独身者ばかりよく集めたな!」
その言葉にちょっと前から堪忍袋の緒が切れていたテンゾウが反応した。
「あー綱手様、お言葉ですがいちばん平均年齢あげてるのは、貴方で、グボワアアアアアアアアアアア」
「ぎゃぁああああ また穴がぁあああああああ!!!」
こうして、綱手の入居も決まったのである。