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   イルカ先生の口寄せ獣(1)

うみのイルカはアカデミーの先生です。
それも、とびきりスゴイ先生です。
何がすごいって、体術も、忍術も、とっても強いのです。
薬草の知識だって豊富です。罠だって火影様がびっくりするくらい上手に仕掛けることができます。
巻物の扱いも素晴らしいし、勉強を教えるのも得意だし、生徒にもとってもとっても好かれているし、とにかくスゴイ先生なのです。

だけど、そんな先生にも、ひとつだけ苦手なことがありました。
それは【口寄せの術】です。

術を発動しても、先生の口寄せ獣は来てくれないことのほうが多いのです。
術式を間違えているんじゃないかって?
いやいや。
イルカ先生に限ってそんなことはありません。
そもそもの問題は、契約の段階にあるのです。

ある日、イルカ先生はアカデミーの裏山で罠にかかっていた狸を助けました。
その狸はイルカが罠を外そうと近づいても、じっとして少しも動きませんでした。

「おまえ、えらいな。痛いだろうけどすぐに外してやるから、我慢しろよ」

イルカが狸を励ましながら罠を外し終えると、狸はクリクリのおめめでイルカを見上げ、ペコリと頭を下げたのでした。

「あれ? オマエ、今お辞儀したのか?」

狸はイルカの言葉が分かるようで、ふさふさの尻尾をブルンと振ります。

「ハハ。まさかな。さあ、ちょっと傷を見せてみろよ。手当してやるからさ」

狸はイルカに背中をむけ、傷ついた左足をそっと差し出しました。

「お前、すごいな。俺の言うことが分かるんだな」

足の傷に癒しのチャクラを流し込みながら、イルカは考えました。
こんなに賢い子なら、ひょっとしたら誰かの忍狸(にんたぬ)なのかもしれない。
だったら主人の元に送り届けてあげたほうがいいかもしれない。
でも、誰のものでもない狸だったら?

「お前、忍狸か? ご主人様はいるのか?」

狸はフルフルと頭を横に振りました。

「じゃぁ、俺の忍狸にならないか? もちろん、お前がよければ、の話だけど」

イルカはまだ口寄せ獣を一匹も持っていなかったので、素敵な子を探していたのです。
ほんとうは口寄せの契約は、何年も訓練を積んた子と結ぶのです。
野良の子と契約を結ぶなんてありえないのです。
だけど、イルカは出会ってからほんの少しの間に、この狸のことが大好きになっていたので、どうしてもこの子が欲しかったのでした。

イルカの言葉にビックリしたのか、狸がぴょこんっ! と飛び跳ねました。
それから、イルカの周りをグルグルとまわりだします。

「えーと。ごめんな。急にこんなことを言われても困るよな。いいか、忍狸っていうのは……」

イルカの長いお話が始まりました。
イルカは優しい青年でしたので、狸の気持ちを無視して一方的に契約を結ぶことはしたくありません。
口寄せ獣になったときのイイコト、ワルイコトをよく説明して理解してもらってから、狸にどうするかを決めてほしかったのです。

「俺の忍狸になってくれたら、絶対に大事にするぞ。美味しいご飯を毎日つくるし、毛並の手入れだってする。
もしもお前に家族がいるなら、連れておいで。家族と離れ離れになる必要はないんだ。でっかーいお布団を買うから、みんなで一緒に寝ような。
でも、忍狸として一通りのことを覚えてもらうまでは、毎日俺と訓練しなきゃいけないんだぞ。辛く厳しい訓練だ。怪我だってするかもしれない。
それに口寄せの陣で急に戦場に呼び出されることもある。
知り合いの忍犬の話だと、陣を通った後は少しの間、頭がぐるぐるしてキモチワルイらしい。
もちろん戦場は危険だけど、俺は絶対にお前の命を守るし、お前に人殺しはさせない。
それに俺が死ぬ前には必ず契約を解除して、お前を自由にしてやるって約束する。
それから、うーん。何か他にあったかな……。
あ!! 大事なことを言い忘れてた。俺のアパートはちょっと狭くて古い。ついでに掃除もあんまりできてない。
まぁ、こんな感じなんだけど、もしよかったら俺の忍狸……というか友達になってくれないかな? なぜかわからないけど、俺はお前が大好きになってしまったんだ」

狸はまたぴょこん!と飛び上りました。
そしてそのあと、コクコクと頷いてくれたのです。

こうして罠にかかっていた野良狸は、<たぬ>と名付けられ、イルカの忍狸 兼 友達になったのでした。

イルカは嬉しくて仕方ありません。
その日の仕事が終わると、まっ先に三代目火影様のお屋敷を目指しました。
三代目火影ヒルゼン様はイルカのことをとても可愛がってくれるのです。
イルカもヒルゼン様のことが大好きなのでした。

「ほぅ? 口寄せ獣とな?」

ヒルゼン様はとてもビックリして、手に持っていた煙管をあやうく落とすところでした。

「はいっ! とっても可愛くて賢い狸なんです。名前は<たぬ>。今から口寄せしますから、見てやってください」
「う……うむ……」

イルカは得意げに指を噛んで、そこから流れた血で床に召喚陣を描きました。
たちまち辺りが暗くなり、召喚陣がグルグルとまわりはじめます。

「いでよ!! たぬ!」

イルカの雄々しい叫びと共に、陣の中心から狸が現れ……るはずでした。
けれども、陣は何も吐き出さないまま、跡形もなく消えてしまったのです。

「あ、あれ? たぬ? たぬっ!! おーい、どうしたんだー? 出てこいよー」

イルカはとっても焦りながら、消えたばかりの召喚陣に向かって叫んでいます。
やっぱり野良狸と契約したのは間違いだったのでしょうか。
もう一度指を噛もうとしたイルカに、ヒルゼン様が話しかけました。

「イルカよ。口寄せ獣の中には気まぐれな奴もおる。来ぬときは無理に呼び出してやるでない。来れるときには来てくれるはずじゃからの」

イルカは哀しい気持ちになりましたが、ヒルゼン様がそういうのなら、納得するしかありません。
来るか来ないかわからない口寄せ獣を訓練することなどできませんし、ましてや任務に使うなんてできません。
けれどもイルカは<たぬ>が大好きでしたので、契約を解除するつもりはありませんでした。

それから何度もイルカは<たぬ>を口寄せしました。
楽しいとき、さみしいとき、つらいとき、誰かに側にいてほしいとき。
<たぬ>は来ないことも多かったけど、不思議なことにイルカがもうこれ以上は耐えられない。というギリギリの気持ちのときには必ず来てくれたのです。
そして、その太い尻尾でイルカの背中を優しく撫でて慰めてくれたのでした。イルカが元気を取り戻すまで、ずっと側にいてくれたのでした。

だけど、いつしか<たぬ>は来てくれなくなりました。

ヒルゼン様が死んでしまった日。
イルカは寂しくて、寂しくて、哀しくて、哀しくて、とても独りじゃ夜を越せなくて、何度も<たぬ>を呼びました。
両手が血だらけになるまで噛んで、噛んで、噛んで、何度も陣を描いて、大声で泣き叫びながら<たぬ>を呼びました。
けれども、<たぬ>は来てくれなかったのです。

だけど、<たぬ>は今でもイルカにとって大切な忍狸であり、友達です。


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