お嬢さんを僕にください
夕日紅が猿飛アスマから、はたけカカシを何とかしてくれと頼まれたのは、任務帰りの飲み屋でのことだった。大衆居酒屋として有名なその店で、カウンターに座りながら、たこわさを突いていた紅は、思わず口を開いた。
「何とかしてくれって、どうすれば良いのよ?だいたいカカシに私が出来ることなんて、何かある?」
日本酒を飲みながら紅がそう口にすると、 アスマは微妙な表情を浮かべながら、煙草を燻らせた。
「まぁ、明日、待機所に行ってみりゃ分かるって」
「待機所に行けば分かるって、一体何が?」
紅はムッとした顔を浮かべながら、手近な店員を捕まえると「お銚子もう一本!」と叫んだ。
「おい、飲み過ぎるなよ」
「いーの、アスマのおごりでしょ?も・ち・ろ・ん!」
慌てた様子のアスマにそう言い返すと、紅はお猪口に残っていた酒を一気に飲み干した。
昨夜はアスマのおごりと言うこともあって、若干酒が過ぎた紅は、微妙に残る二日酔いの頭痛を抱えたまま、上忍待機所へと向かう。
引率する下忍達との任務のない日は、こうやって上忍待機所で過ごすことが日課になっていた。
上忍待機所は、本部棟の中でも日当たりの良い場所にあって、とても過ごしやすく、くつろげる空間だった。明るい窓から差し込む光の中で、外の景色を眺めたり、上忍仲間と語らうなど、皆思い思いに過ごしている。
待機所の中に顔なじみの上忍がいないかと思いながら、ドアを開けると、飛び込んできたのはソファーの上に膝を抱えて座るカカシの姿だった。
「うっ」
思わず紅は反射的にドアを閉めた。
今のは一体何だったのかと思いながらも、恐る恐るもう一度ドアを開いた。
待機所のドアの向こうにいたのは、小さく丸くなりながら、ソファーの上で膝を抱えて、何事かぶつぶつ呟いているカカシの姿だった。
「うざい」
思わず紅がそう呟くと、カカシから少し離れた場所に座るアスマが「な、だろ?」と答える。
「これは確かにうざいわね」
どんよりと濁った空気を巻きちらせながら座るカカシの側には、もちろん誰も座ってなどいない。
窓から差し込む太陽の光も届かないのか、カカシのいる周辺だけは異様なほど景色が暗く見えた。
「で……何とかしてくれって、あんな状態のカカシ初めて見るわ。一体どうしちゃったの?」
「まぁ、見てなって。おっと、そろそろ来たようだ」
コンコンという音がして、上忍待機所のドアが静かに開かれた。開いたドアの向こうにいたのは、紅の引率する子供達の元担任、うみのイルカだった。
イルカは上忍待機所に入ると、真っ直ぐにアスマの元へやってくる。
「あ、アスマさん。ご用は何ですか?」
朗らかな笑顔でアスマに話しかけるイルカを、カカシはじっと見つめていた。
先程までの異様なうじうじした様子はなくなり、すました顔で座っているのだが、妙な殺気を放ち続けていた。
なんだかアスマに対して、殺気を向けてるわね……
殺気を向けられたアスマは我知ることかと無視を決め込んでいるが、さすがに気が付いたのか?イルカが怪訝な顔を浮かべて、アスマに耳打ちした。
「俺、カカシ先生に何か悪いことでもしました?さっきから妙な気配を感じるんです」
「あぁ、気にするな。お前に対してじゃないから」
「?」
イルカはまだ訝しむような表情を浮かべたものの、用が済んだのか、待機所から出て行った。
立ち去るイルカの後ろ姿を、名残惜しそうに見つめていたカカシが、すくっと立ち上がると突然叫び声を上げた。
「イルカ先生!可愛かった!くぅぅぅぅぅ!」
そのままソファーに腰掛けると、貧乏揺すりをしながら、なにやらぶつぶつと謎の呪文のような言葉を呟いている。
「ねぇ?何なの?あれ。何て言ってるの?」
紅がそっとアスマに耳打ちすると、アスマはにやりと笑みを浮かべた。
「まぁ、良く聞いてみな」
「?」
紅が耳を澄ませば、呪詛のようだった言葉が、だんだん意味のある言葉に聞こえてきた。
「いるかせんせいすきすきすき。あぁぁぁぁけっこんしたい。おれのものにして、あんなことやこんなことして、ちゅうーしてたべさせあいっこして、だいすきっていわれたい。あぁぁぁぁぁあ!!!」
「……イルカ先生好き好きって!カカシってば、イルカ先生のこと好きなの?」
驚きのあまり声を張り上げた紅にも目もくれず、カカシは窓辺に張り付くと、校庭でアカデミー生相手に授業をしているイルカの姿をじっと眺めている。
「嘘……カカシがイルカ先生を」
「な?分かっただろ?」
煙草を燻らせ、にやりと笑みを浮かべるアスマに、紅は腕を組みながら、不敵な笑みを浮かべた。
「フフ……成る程ね。カカシがうざくなった理由がよく分かったわ!ようはカカシの恋を成就させてあげれば済むって訳ね!」
「察しが良いな」
「当たり前よ。私を誰だと思っているの?いい、アスマ。高く付くわよ!」
「……あいつを何とかしてくれるなら、何だっておごってやるよ」
「商談成立ね!」
紅はカカシにツカツカとピンヒールの音を立てながら近づくと、カカシのすぐ隣に腰を下ろした。
「ねぇ、カカシ。あんたイルカ先生のこと好きなんでしょ?」
「ちょっと紅は黙ってて。今いいところ何だからってえぇ!!何で知ってるの?」
何々?新手の自白術?もしかして幻術使ってる?と慌てるカカシの首根っこ捕まえると、紅はカカシを自分に向き合わせた。
「あのね、カカシ。こうやってイルカ先生のこと遠くから眺めているだけでもいいけれど、それじゃあこれ以上仲良くなれないわよ?」
「えぇ!」
ガーンとショックを受けたのか、真っ青な顔で俯くカカシに、紅は畳みかける。
「お姉さんが手解きしてあげるから。イルカ先生とお近づきになれるように」
「お近づきって事は……恋人になれるって事!?」
「えぇ。アンタさえがんばればの話だけど」
ニコニコ微笑む紅に、カカシは子犬のような瞳で、見つめ返してくる。
うっ……こいつ。見てくれだけはいいって事忘れてたわ。
問題は性格よね!
きらきら輝く美青年の姿に、目を泳がせながらも、紅はカカシにささやきかける。
「イルカ先生と仲良くなりたいでしょ?手を繋いで、キスするような仲になりたいのよね!」
「なりたいデス!」
「それじゃあここで眺めてるだけじゃダメよ!イルカ先生をまずは徹底的にリサーチしなさい!」
紅はそう言うと、カカシにイルカの私生活を調べさせた。
おんぼろ中忍寮に一人暮らししていること。ラーメン大好きなこと。趣味は湯治とじじむさいこと等々。
翌日リサーチを終えたカカシを連れて、アカデミーの校門の所で仕事帰りのイルカを待ち受けると、姿を現したイルカに、紅は「今よ!声をかけなさい!」とカカシに命じた。
「えぇぇ!そんな無理!」
そう言って物陰に隠れたカカシに舌打ちすると、二人の間を通り過ぎていくイルカの姿に、紅はカカシの背中をピンヒールを履いた足で蹴り上げた。
「グハァ」
うめき声を上げてその場に倒れ込んだカカシの姿に気がついたイルカが振り返る。
「カカシ先生?大丈夫ですか?」
ほこりまみれのカカシを抱き起こすと、イルカは優しくぱんぱんとカカシの服に付いた砂埃を叩いてやる。
「あ……ありがとうございます」
真っ赤な顔で俯くカカシに、心配そうな顔を浮かべたイルカが口を開く。
「お疲れ様です。カカシ先生はいつも人一倍がんばってらっしゃるから。無理しないでくださいね」
そう言ってイルカはふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
「天使……マジ天使!」
「は?」
カカシのつぶやきが理解出来なかったのか、イルカが怪訝な表情を浮かべる。
あ〜もう、見てらんないわ!!
紅はツカツカと二人に歩み寄ると、口を開いた。
「カカシ〜ごめんなさい。任務入っちゃったから、今夜はおごって貰えないわ!イルカ先生!ちょうど良かった。この男が夕飯をごちそうしてくれる約束になっていたのだけど、私行けなくなっちゃったから、代わりにおごられてきて。ね、分かったわよね?カカシ!」
紅はそう言うと、カカシの背中を思いっきり叩いた。
「ぐぁ!」
「だ……大丈夫ですか?カカシ先生」
オロオロするイルカに、カカシは「く……紅!何を……」とうめき声を上げるが、それをさらっと無視して、紅はにこやかに微笑んだ。
「あ、そうそう。ラーメン屋なんてどうかしら?イルカ先生、ラーメン好きよね?」
「あ、はい。よくご存じで」
訝しむ様子のイルカに、優しく微笑んで、紅は二人の背中を押す。
「今夜はラーメン、二人で食べてらっしゃい」
そう言うと紅はカカシの耳をつまみ上げ、「いい、ラーメン食べ終わったら、ちゃんと家まで送ってあげるのよ。いいわね!」と念を押すことを忘れなかった。
それから数日後、上忍待機所ははたけカカシのまき散らす幸せオーラに包まれていた。
「ねぇ、聞いて聞いて。イルカ先生とラーメン食べに行ったらさー。盛り上がっちゃって。意気投合。今では一緒に飲みに行く仲よ。こりゃステディな仲になる日も近いかも。きゃっ」
誰彼構わず吹いて回るカカシの姿を生温い目で見つめながら、紅は隣で煙草を燻らすアスマに声をかけた。
「ねぇ、なんだかますますうざくなってない?」
「あぁ」
面倒くさそうにフーと煙を吐き出したアスマが口を開く。
「カカシの奴がイルカを恋人にするまで付き合ってやるんだろ?」
「この分だと恋人になったらなったで、延々とのろけてそうじゃない?……うざいままだわ」
ため息をつく紅に、アスマがにやりとほくそ笑んだ。
「それはどうかな?」
「え?」
「あのイルカが、もし仮にでもあいつの恋人になったなら……この状況を黙ってるはずがねぇ。真面目だからな。イルカは」
「……そうね。イルカ先生だったら、カカシにきつくお灸を据えてくれそう」
「イルカには悪いが……早いところくっついて貰うしかねぇな」
紅はアスマに頷き返す。
「あ〜でもイルカ先生も災難よねぇ。よりによってカカシに惚れられちゃうなんて」
任務待機中の上忍を捕まえては、のろけるカカシの姿を視界の片隅に捕らえながら、紅は呟く。
「ま、でもあののろけっぷりも、あいつなりの牽制方法なんじゃないの?」
そう思えば、カカシのやってることも可愛い物だと紅は思う。
「人に興味を持てなかった男が、やっと執着出来る相手を見つけたんだもの。……あいつも少しは幸せになるべきだわ」
カカシの友人として、過去を知る身として、紅は心からそう思う。
それはアスマも同じ思いだったに違いない。
「まあな」
小さく呟いたアスマの声に、喜びの色が含まれていたことを、紅が見逃すはずがなかった。
それから一週間と経たないある日、上忍待機所を訪れた紅が見た物は、両頬を腫らし、ソファーにだらしなくもたれ掛かりながら、空を眺めるカカシの姿だった。
「う」
思わずどん引きしたくなる光景に、紅の足も止まった。
上忍待機所内は、カカシの放つどんよりと重たい陰鬱な空気に包まれている。
生気を失った青白い顔は、両頬が腫れ上がってるせいか痛々しく、虚ろな目は何も写していないように見えた。
死んだ魚の目をしてるわね……
そんな最高に居心地の悪い待機所内で、カカシの側に腰掛けながらも、全く意に介していない男がいた。のんきに煙草を吸う男。アスマだ。
「ねぇ、今度は一体どうしちゃったの?」
紅はアスマの隣に腰を下ろすと、口を開いた。
「さあな」
煙草の煙で白い輪を作り、お手上げだと言わんばかりのアスマにため息を零すと、紅はカカシ本人に直接尋ねることにした。
「ねえカカシ。元気ないみたいだけど、何かあったの?」
カカシは面倒くさそうに紅の方に顔を向けると、大げさなほど大きなため息をついた。
「イルカ先生に……嫌われちゃった」
「ええ!!上手くいっていたんじゃないの?」
驚く紅に、青白い顔にうっすら涙を浮かばせてカカシは言う。
「うん。上手くいってると思ってた。それなのに、それなのにぃぃぃ」
おいおいと泣き始めたカカシに、若干引きながらも紅は辛抱強くカカシから何があったのか聞き出そうとした。
「泣いてちゃ分からないわよ?お姉さんに言ってご覧なさい」
「キスしようとしたら……殴られちゃった」
わーと言って紅の膝に縋り付き泣き始めたカカシを、アスマが「チッ」と舌打ちする。
紅は優しくカカシを引き剥がすと、穏やかに声をかけた。
「キスしようとしたから殴られたのね?イルカ先生は嫌だったのかしら?」
カカシは首を振ると「そうじゃなくて」と答える。
「キスが嫌なんじゃなくて、物事には順番があります!って」
「そうイルカ先生が言ったの?」
頷くカカシに、思わず紅はアスマと顔を見合わせた。
「あいつらしいな」
くっくっと小さく笑いながらアスマが言う。
「どうしよう〜どうしたらいいの〜」
困り果てたカカシが泣きながら呟く。
「順番があるって言うくらいだから、交際宣言でもすればいいんじゃねぇか?」
ふと漏らしたアスマの一言に、紅は思わず頷く。
「あ〜親御さんにご挨拶ってやつね」
二人の会話にカカシも興味を引かれたのか、泣き止み口を開いた。
「イルカ先生の親御さんって……」
イルカの両親のことを知らないカカシがそう漏らせば、アスマがそんな事も知らなかったのかと言いたげに口にした。
「あいつの両親は慰霊碑の中だよ。ま、親代わりならいるけどな」
「親代わりって、誰?」
「そんなもん、うちの親父に決まってるだろ。猫っ可愛がりしてたからな……まぁ、イルカは孫みてぇなもんだ」
息子の俺よりよっぽど可愛がっていたからなと呟きながら、アスマは煙草の煙を吐き出した。
「三代目か……三代目に何て言えばいいんだろう」
困惑顔を浮かべたカカシに、紅は言う。
「お嬢さんを僕に下さいとかって言うわよね〜」
私も言われてみたいわ〜とアスマに視線を向けると、ぎくりと肩を震わせたアスマが突然咳き込んだ。
「お嬢さんを僕に下さいか……」
「え?ちょっとカカシ?」
突然何かを思い付いたのか?上忍待機所を出て行くカカシの後を紅は慌てて追いかけた。
「ほっとけ」
「ほっとけないわよ!カカシ、ちょっと待って!」
アスマにそう言い放つと、紅はカカシの後を追った。
カカシは上忍待機所を出た所で瞬身した。
「ちょっと、どこ行っちゃったの?」
周囲を見回す紅は、ふと気が付いた。
まさか三代目に挨拶に行ったんじゃ……
「アスマ!三代目は今どこ?」
紅は待機所内で未だに煙草を燻らせてるアスマに向けて叫んだ。
「あぁ親父なら……受付にいるんじゃないか」
「受付ね!」
紅は瞬身するとカカシの後を追った。
昼下がりの受付は閑散としていて、受付のテーブルの中央に座る三代目火影猿飛ヒルゼンと、その隣に座るイルカは、和やかに雑談をしていた。
そんな二人の前に現れたカカシは、真っ直ぐに三代目の前に進むと、突然口を開いた。
「お嬢さんを僕に下さい!」
カカシの突然の言葉に、その場にいた者全員の体が固まった。
しーんと静まりかえる受付。
「はぁ?何を言うておる?」
呆れた声でそう答える三代目の隣で、イルカが一人あわあわと慌てふためいていた。
「あのバカッ」
紅は小さく呟くと、ツカツカと受付所に入っていく。
真っ赤な顔で固まるカカシの尻にピンヒールで蹴りをくれると、「うぐぉあ……」と小さく呻くカカシを引き釣り受付を出て行った。
「く……紅……何してくれちゃってるの?」
尻をなでさすりながら、涙目のカカシに対して、目尻をつり上げた紅が叫ぶ。
「カカシ!アンタ馬鹿?三代目の前でお嬢さんを下さいはないでしょう?相手はイルカ先生よ?」
「だって紅がお嬢さんを下さいって言えって言ったでしょ」
「だからそれは例えよ!例え!アンタがこんなに馬鹿だったなんて、知らなかったわ!」
頭を抱える紅に、カカシは子犬のような目で、受付所のドアを眺めている。
本当にイルカ先生のこと、好きなのね……
「分かったわ、いい?私が言うとおりに三代目に言いなさい。良いわね」
もう、ここまでフォローしてあげないといけないなんて。でも、放っておけないのよね。アンタのこと。
昔なじみであるカカシの過去を知る身としては、カカシが幸せになれるなら、これくらい乗りかかった船だ。
アンタとイルカ先生が無事ゴールインするまで、しっかりフォローしてあげるわよ。
ん……待てよ?イルカ先生とゴールインって……
あぁ、ごめんね。イルカ先生。貞操の危機かも。でも許してね。カカシが幸せになる為だもの。
多少の犠牲は付きものよね!カカシの幸せは皆の(主に上忍の)幸せだもの!
カカシは受付に再び戻ると、待ちかねていた三代目の前に歩を進めた。
その後ろ姿を紅は見守る。
がんばるのよ!カカシ!
紅は手に汗を握りしめながら、じっとその姿を見つめ続ける。
「三代目」
カカシが口を開いた。
「なんじゃ、また」
呆れた様子の三代目の前で、カカシが頭を下げた。
「イルカ先生との交際を認めてください!」
和やかだった受付がまたしーんと静まりかえる。
三代目火影猿飛ヒルゼンは、呆気にとられて言葉を失っていた。
その時だった。
「嫌です!!」
突然口を開いたのは、他ならぬイルカ本人だった。
え?
紅は思わず目を見開いた。
「嫌ですって……どう言うこと?」
驚く紅の前で、イルカは立ち尽くすカカシに近づくと、叫んだ。
「あんたって人は、何も分かってないじゃないか!いきなりキスしようとするし、突然交際宣言するし!あーもう分からねぇ!」
「イルカ先生……」
消え入りそうな声で、カカシがイルカの名を呼んだ。イルカは辛そうに顔を歪めると、カカシから背を背けた。
「イルカ先生?俺のこと嫌いになっちゃったの?ねえ?」
「……」
泣いているのか?肩を震わせるイルカの背中を、オロオロと困り果てた様子でカカシが見つめている。
「イルカ先生」
イルカは泣きはらした顔でカカシに振り向くと、叫んだ。
「なんで好きだって言ってくれないんだよ!あんたはっ!」
え?
ぽかーんと呆気にとられた紅は、その場に立ち尽くした。
「あ……言ってなかったっけ?あれ、可笑しいなぁ」
だんだん青ざめていくカカシの姿に、盛大なため息を零した紅は、ツカツカとピンヒールの音を響かせながら、二人の元へ歩いて行く。
「カカシ、アンタって人はっ!」
パーンという小気味のいい音が響いて、紅の放つビンタがカカシの頬を打つ。
「何?何するのっ!紅ってばっ!」
赤く腫れた頬をさすりながら、涙目のカカシの前で、紅はイルカに近づくと、頭を下げた。
「イルカ先生。こんな馬鹿な男だけど、あなたを思う気持ちは本物だから、どうか嫌いにならないでやってね」
「紅先生」
「カカシは私達にとっても大事な友人なのよ。あなたになら任せられるわ。どうか幸せにしてやってください」
紅の真摯な気持ちが伝わったのか、イルカは「はい」と答えると、頬を腫らすカカシの元へ行き、腫れ上がった頬を優しく撫でてやりながら「医務室に行きましょうか」とカカシの腕を引く。
イルカに腕を引かれながら、すれ違いざまカカシは小さく微笑んで見せると、呟いた。
「紅。ありがとね」
「どういたしまして」
初々しくはにかみながら、受付を出て行く二人を見送ると、二人と入れ違いにアスマがやって来た。
「やっぱり心配だったのね」
「まあな」
アスマはそう答えると、苦笑する。
「まぁ、あいつらも上手くまとまったようだし、これで上忍待機所も平和になるだろうよ」
「アスマ。まさか忘れていないわよね〜?何でもおごってくれるって約束」
紅がアスマの腕を掴むと、アスマは照れくさそうに「あぁ」とだけ口にした。
「それじゃぁ今夜早速おごって貰おうかしら?」
ウフフと微笑む紅の後ろで、誰かが倒れた音がする。
「三代目が倒れた!!」
「誰か医療忍呼んで!」
一気にざわつきだした受付の中で、三代目火影猿飛ヒルゼンの魂の叫びがこだまする。
「み……認めんぞ!イルカをカカシの嫁になど出すものかっ!」
「三代目ー!しっかりしてくださいー!」
「誰かタンカ用意して!」
大騒ぎの受付で誕生したカカシとイルカのカップルは、三代目火影非公認カップルとして、その名を知らしめる事となった。
「ねぇ、アスマ。カカシとイルカが恋人同士になったら、上忍待機所も平和になるって言ったわよね?」
プカリと煙草を燻らすアスマは、我知ることかと言わんばかりの態度で、ソファーに腰掛けている。
その隣で頬杖を付きながら座る紅は、ため息を零した。
「なんだかますますうざくなってる気がするんだけど」
幸せオーラ全開のカカシは、上忍待機所で出くわす上忍達を捕まえると、イルカとの出来事をのろけはじめる。
やれいつ手を繋いだだの、チューは一日三回までだの、聞かれもしないことまで話す始末。
「イルカがストッパーになってくれると思ったんだがな」
どこか遠くを見つめながら、アスマが零した。
「恋は盲目という奴ね。ま、カカシが幸せなら良いか」
紅はアスマの腕を掴むと微笑んだ。
【最果て倉庫のはやせ様】からのいただきものです。
これは私がはやおさんに「カカシさんが三代目にお嬢さんを僕にくださいって言う話が読みたいっ」とリクエストして書いていただいたものです。
紅めっちゃかっこいいww 誰よりも男気溢れる姐さん。もぅ、ヘタレカカシとの相性は抜群ですよね!! 未来の舅の前で里の誉れの尻に蹴りを入れるその潔さ!! 紅に惚れました!! 面白いんだけど、読後に感動が残る素敵な作品です。