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   おあずけ  

春間近。
今宵もカカシはイルカと連れだって酒酒楽の暖簾をくぐる。

カカシがイルカに一目惚れをして追い掛け回し、人の良いイルカが根を上げて「まずは友達から」と付き合うことになったのは去年の今頃。

未だにカカシとイルカの関係は友達の域を出ていない。
今も付き合い始めと変わらず店で楽しく酒を呑み、飯を食らい、別れる。
お互いの家を知っていても足を踏み入れたことはない。

しかし付き合って半年たった頃から、イルカはカカシに手を握られても振りほどかなくなった。
最近ではそっと抱きしめられても逃げなくなった。

もちろんカカシはもっと先を望み、焦れている。

その望みはイルカにも伝わっており、イルカを悩ませていた。
最近のカカシは些細なことをきっかけに性的な雰囲気をその身に纏う。
それを懸命に押し殺すカカシをいじらしく思うし、申し訳ない気にもなる。
なによりイルカ自身がカカシの色香に惑いはじめている。

―――のらりくらりと逃げるのも、そろそろ限界かもしれない

そう思うが、イルカの心には大きな不安があった。

「イルカせんせ、どうかした?」

運ばれてきた料理に手を付けないイルカをカカシは覗き込んだ。

「い、いえ。なんでも」
「そう」

カカシはイルカの心の機微に敏い。
だけど「この刺身旨いですよ」などと話を躱してイルカを追求しない優しさも持ち合わせている。
イルカには、その優しさに甘え続けてきた自覚があった。
こんなことを続けていては、カカシに愛想をつかされるのではないかという危惧もある。
結局のところ、一年という期間はカカシという人間を知り恋に落ちるには充分すぎたのだ。

―――明日から長期の出張だし、今日、二人の今後について真剣に話し合ったほうがいいのかも
あやふやなままで長く離れて、カカシの心も自分から離れてしまうことをイルカは怖れていた。

「あ、あの。カカシさん。明日から俺、一か月半の出張なんです」
「えっ」

寝耳に水とばかりにカカシは目を見開き、みるみるうちに哀しげな表情になる。

「それでカカシさん。今夜貴方の家に行ってもいいですか?」
「え? それはどういう……」

期待に満ちたカカシの顔に、イルカは己が言葉を選び間違えたことに気付く。

「ち、違うんです。そうじゃなくて」
「違うんですか」

カカシは落胆する様子を隠そうともしなかった。
手持ちのお猪口に切ない視線を当てたまま言葉を紡ぎはじめる。

「イルカ先生、正直俺いっぱいいっぱいなんです。貴方とお付き合いして一年です。俺はいつになったら貴方の恋人にしてもらえるんでしょうか。それともそんな日は永遠に来ないのかな」

カカシの様子にイルカは申し訳なさでいっぱいになった。

「だから今日はそのことについて話し合いたいと思って」

カカシがイルカを見た。
その目には別れへの恐怖がありありと見て取れたので慌ててイルカは言い足す。

「俺も、いつまでも友達のままというのは嫌ですよ」

ゴクリ。とカカシの喉が鳴り、その眼に情欲の焔が点る。
カカシはイルカの手を掴み、乱暴に立ちあがり店を後にした。


「カカシさん、ちょっと手を離してください。痛いです!」

カカシに引き摺られるイルカは恥ずかしさと痛みからカカシに声を荒げたが、カカシは無視して歩き続ける。
見上げたカカシの眉間には深い皺が刻まれ、眼光は手負いの獣のような物騒さを湛えている。
その顔に、荒い息に、握られた手の力強さに、イルカがゾクリと身を震わせた。

しばらくしてカカシのアパートが見えてきた。


*


「イルカ先生!」

玄関に入った途端、カカシは乱暴ともいえる動作でイルカの背を壁に押し当て、覆いかぶさるようにして唇を奪う。

「んっ……あぁっ……」
カカシの舌使いは巧みで、イルカはあっという間に煽られてしまう。

――ダメだ。しっかりしないと

イルカは荒々しい口付けの隙をついて何とか言葉を紡いだ。

「ちょっ、待ってカカシさん。まずは話し合いましょう」
「今更何を?貴方さっき友達のままはイヤだって言ったじゃないですか。それに俺はもう充分に待ちましたよ」

いつもより低いその声は艶めいていて、舐めるようにイルカの肢体を見る視線からは情欲が溢れている。
イルカの腰に押し当てられたカカシの熱と質量が彼の欲の強さを伝えきて堪らない気持ちになる。
カカシの放つ雄の色香にイルカは圧倒されていた。

―――あーヤバイ。俺、このままヤラれちゃうかも。

こんなに美しく強い雄に求められて拒める雌などいるものか。
と、思ったところでイルカは我に返った。

―――ちょっと待て!俺、雌じゃないから!!それにちゃんと確かめたいこともあるから!!

「カカシさん、やっぱりダメです。先に話を聞いてください!!」
「何? 早くして?」

そう言いながらも、カカシはイルカのシャツのボタンを外しはじめた。
襟元から入り込んだカカシの冷たい手に素肌をいいように弄られてイルカは身を震わせる。
もう片方の手はズボンのボタンを外しにかかっている。

「ちょっ!!カカシさん。俺、経験ないんです! そんな強引に進めないでください!」
「えっ?」

カカシは手を止めて、まじまじとイルカの顔を覗き込んだ。

「イルカ先生、ひょっとして童貞なの?」
「だっ、だから今言ったじゃないですか!!」
「あの、女の子も経験なし?」
「女も男もですっ! 何度も言わせんでくださいっ!」
「そっかよかった。ま、俺も似たようなもんですから、初めて同士気負わずヤりましょうか!」

まるでご飯でも食べましょうかとでも言うような気軽さでとんでもないことを言い、行為を再開するカカシにイルカは腹をたてる。
イルカは渾身の力でカカシの身体を押し返した。

「アンタあれだけ廓に通っておいて、身請けだって何人もしておいてどの口が初めてだって言うんです!」

カカシの廓通いは有名だった。
カカシは気に入った遊女を見つけては廓に通いつめ、やがて身請けする。
仲良く連れだって里を歩く姿を見かけたと思うと、ひと月もしないうちに女が里を出ていく。
そしてカカシはまた廓に通いはじめるのだった。

―――百戦錬磨の遊女ですら繋ぎ止められないカカシさんの躰をどうして俺なんかが繋ぎ止められる?躰を許せばすぐに飽きられるんじゃないのか?

そう考えるイルカは一線を超える前に、性交に対するカカシの考えをどうしても聞いておきたかったのだ。

「あー。あの噂ね。廓の女の子たちはね、まともに生きられなかった人間の孤独と辛さををよぉーく知ってるの。だから居心地がよくて俺は廓に通うの。女の子って柔らかくて温かくって大好きだよ。膝枕して頭を撫でて甘やかしてくれる。それから手と口を使って気持ちよくしてくれる。
お返しに俺も手と口で女の子を気持ちよくしてあげるの。
でもそれだけだ。
挿れたことは一度もないよ。
だって万が一妊娠したらお母さんも赤ちゃんも可哀想なことになっちゃうでしょ?」

寂しそうにカカシが笑った。
写輪眼を有するカカシの種を宿した女は貴重だ。
実験材料、人質、産む機械、そんな言葉がイルカの頭を廻り、カカシの歩んできた孤独で困難な道に思いを馳せ、胸が痛んだ。

「お金が溜まると、女の子を自由にしてあげるんです。でも俺と同じ里にいると悪いやつに狙われるかもしれないでしょ? 旅立つ準備が整うまで一緒に暮らして、それからサヨナラ。
ああ俺良いことしたな、どうかお幸せに、今までありがとうねって思ってそれでおしまい。
でもイルカ先生は違う。俺が一緒に生きたいって思うのも、抱きたいって思うのもイルカ先生、あなただけだ。だからお願い、俺に抱かれてください」

―――こんなにも俺を想ってくれてたなんて。それに、なんて優しい人なんだろう。

イルカは、カカシを信じられなかった自分を恥じた。

「ねぇ、お願い。イルカ先生」

欲に濡れたカカシの色香は壮絶で、イルカを求める手の動きはあまりに淫らで、イルカはカカシの前にすべてを投げ出したい衝動に駆られる。
だけど迫るカカシの胸板を手のひらで押し返した。

「待ってくださいカカシさん。俺、貴方の話を聞いて、流されるまま抱かれたくないと思いました。出張の間にちゃんと考えて覚悟を決めておきますから、戻ったら貴方の好きにしてください」

カカシの動きが止まった。
その躰が小刻み震えているのを見て、イルカは彼が暴走した欲を強靭な精神力で抑え込もうとしているのを見て取った。

イルカは数歩後ろに下がって距離をとり、艶を帯びたカカシの荒い息が少しづつ収まっていく様子を息を詰めて見つめていた。

「……はい。わかりました」

ようやっとカカシが言葉を紡いだ。

「イルカ先生ちょっとごめん。そこで待ってて」

何をしに行ったのか、同じ男だから分かってしまう。
いたたまれない気持ちにイルカは心の中で何度もカカシに謝っていた。


*


戻ってきたカカシはいつも通りイルカに接してくれた。
その優しさにイルカは泣きそうになる。

「ね、せっかく来てくれたんだから泊まっていってくださいよ。明日から長いこと会えないのは寂しいですから」
「はい」
「よかった。飯ほとんど食べてないでしょ? 何か作りますね」

カカシは台所へと向かうと、冷蔵庫から野菜を取り出した。
トントンと規則正しい音を響かせながらカカシがイルカに話しかける。

「でも、イルカ先生が長期の出張に出るなんて珍しいですね」
「ええ。砂の里のアカデミーとの交流の一環で、教師を交換することになったんです」
「そうですか。我愛羅が風影になってから随分と関係が変わりましたね」
「ええ。すべてナルトのおかげですよ。実は今回俺が選ばれたのも風影様からのご指名でね」
「ははぁ。それはナルトのことをアレコレ聞くためかな?」
「きっとそうでしょうね。風影様と沢山話をしてこようと思っています」
「それはいいですね」

ナルトやカカシの孤独を癒したように、イルカの優しさはきっと我愛羅の心を癒すだろう。

「でも、あんまり気に入られないようにね。絶対に俺のところに帰ってきて“約束”を果たしてくださいよ」

振り返ったカカシに真摯に見つめられ、“約束”を意識したイルカは顔を赤くした。

「あ、あのカカシさん?」
「なに?」
「やっぱり、俺が……なんというか、その//////」

カカシがにぃーっこりと笑う。

「うん、俺が突っ込むほうで、イルカ先生は突っ込まれるほう。さ、ご飯出来たよ。食べようか」

直接過ぎる表現に固まっていたイルカの前にあたたかな湯気を出す料理が並べられていく。
優しいカカシが作る料理はやっぱり優しい味がして、今まで食べたどんな料理より美味しいとイルカは思った。

翌朝、イルカはカカシに見送られ木の葉の里を出発した。


*


砂の里についたイルカは熱烈な歓迎を受けた。
大仰なセレモニーを終えると、滞在先として風影の邸宅へと連れていかれたほどだ。

「イルカ先生、遠いところお疲れ様でした。お待ちしておりました」

玄関先にてイルカを待っていたテマリが正座をし三つ指をついて頭を下げる。
中忍試験で見たテマリに随分と気が強く御しがたい印象を受けたイルカだったが、こうして見るとやはりあらゆる所作から品の良さと女性らしさが滲みでており、なんだか落ち着かない。

「テ、テマリさん、頭をあげてください」

イルカは慌ててテマリに駆け寄った。

自分はそんな大層な人間ではないし普通に接してもらったほうが落ち着くんだとか何とかワタワタと言い募るイルカにテマリがニヤリと笑った。

「では、そうさせてもらう」

イルカの知るテマリに戻ってホッとしたところで、食事をすすめられた。
通された部屋には木の葉の郷土料理がこれでもかと並べられている。

「うっわぁー どれもおいしそうですね。それにしてもすごい品数だ」
「全部食べて感想を聞かせて欲しい」
「え? これ全部ですか? まさか俺ひとりで?」

テマリが無言で頷いた。
いつのまにかイルカの側に現れたカンクロウが耳元でぼそっと呟く。

「これ全部テマリの手作りだからな。残したら……わかるよな?」

―――ひえぇえええっ。

イルカは「いただきます」と手を合わせて箸をとる。
不安そうなテマリの様子にイルカはピンときてしまった。

「味はどうだ?」
「とってもおいしいです。シカマルも喜ぶと思いますよ」
「ばっばかっ!そんなんじゃない!」

顔を真っ赤にして立ち去るテマリの背中を見つめイルカは柔らかに微笑んだ。

「さて、と。一生懸命作ってくれた料理だ、残さずいただくとしますか」


こんな具合に砂の里での時間は穏やかに過ぎていった。
アカデミーでは砂の子ども達に懐かれ、教員とはアカデミーのあり方について存分に語り合った。
風影邸に戻ると、話題はナルトのことになる。
小さいころのナルトの話に我愛羅は己を重ねたようで、少し泣いた。
たまらなくなったイルカが彼を抱きしめ背中を撫でてやると「ナルトがイルカ先生を好きな理由が分かった気がする」などと可愛いことを言う。

イルカの存在はここ砂の里でも人々の心を緩やかに解していくのだった。

そして独りの時間にイルカはカカシを想う。
ここ砂の里でも写輪眼のカカシを知らぬ者はいなかった。
他里にもその動向を注視されるその苦労は、一介のアカデミー教師である彼には想像することも出来ない。

―――俺はカカシさんの過去も、背負っている重責も何も知らない。でも、カカシさんがどんなふうに笑うかを知っている。カカシさんが好きな景色だって、食べ物だって知っている。
そして、俺を欲しいといってくれた、あの瞳の熱さを知っているんだ。

イルカはただ、カカシが恋しかった。

―――カカシさんの全部が欲しい。俺の全部をあげたい。この気持ちがあれば、理屈なんてどうでもいいじゃないか。
この先何があったって俺は絶対にカカシさんの側で生きてやる。

それがイルカが辿り着いた覚悟だった。


充実した日々はあっという間に過ぎ去り、イルカが砂の里を発つ日がやってきた。

「みなさん、よくしていただいて本当にありがとうございました」

イルカは見送りに来てくれた人々の顔を心に刻みつけるかのようにゆっくりと見回した。
皆、いい表情をしていた。

「イルカ先生お世話になりました」
「イルカ先生、また来てね!! 大好き」
「また是非いらしてください。絶対ですよ」

かけられる言葉はどれも優しくて、鼻の奥がツンとしてくる。
深々とお辞儀をした後、イルカはカカシが待つ木の葉にむけて全力で駆けだした。


*


「カカシさん、カカシさんっ!!!」
木の葉の里についたイルカは、まっ先にカカシのアパートを訪ね、玄関のドアを拳で叩いている。
真夜中だが構うものか。
きっと二人、同じ強さで求め合ってる。

すぐにドアが開いた。

「イルカせんせ?」

驚いた顔のカカシにイルカは抱きついた。

「カカシさん、俺貴方に会いたくて急いで帰ってきました!」
「イルカ先生っ!」

カカシはイルカを力いっぱい抱きしめた。

「俺に会うためにそんなに息を切らして……嬉しい」
「飯も食わずに走りましたよ。もう俺クタクタです。ハラも減ったし」
「ヤバイ。俺、泣くかも」
「泣く前に何か作ってくださいよ。あの日食べさせてもらった料理の味をずっと忘れられなかったんです。勿論、カカシさんのことも」
「うん。料理なんてこれからいくらでも作ってあげる。でも先にイルカ先生を食べさせて?」

カカシの手がイルカのベストにかかりジッパーを降ろしはじめた。

「えっ? えぇーーっ!? いきなりですか!?」
「はい。帰ってきたら俺を好きにしてくださいって、あなた言いましたよね?」
「い、いいましたけどっ。でもこんなすぐだなんて。俺にも準備ってもんがあるんです。
「ん?シャワー?俺、気にしないよ」
「そうじゃなくって、時間をください!!」
「イルカ先生、いい加減黙って」

優しく唇を奪われた。

「ん……ふっ、あぁ……カカシさ……ん」

口腔に入り込んだ舌の動きは余りに心地よく、イルカの思考を奪っていく。
ひとしきりイルカの中を堪能したあと、カカシの唇がイルカのそれから離れた。

卑猥な顔つきでカカシは自らの上衣を脱ぎ捨てた。
無駄な贅肉のヒトカケラもない鍛え抜かれた美しい身体にイルカは息を呑む。

「やっぱり、やっぱり俺には無理です。カカシさんすみませんっ!」

イルカを抱き込もうと迫ったカカシをイルカは強く突き飛ばし、よろめいたカカシが壁に背をつける。
酷く傷ついた顔のカカシ。
「イルカ先生、訳がわかんないよ。いい加減にしてよ、俺をからかってるの!?」
散々焦らされたうえに理不尽な拒絶を突き付けられ、カカシは怒りを露わにした。

イルカの両目からハラハラと涙が零れる。

「お、俺にだって酷いことをしてるって自覚はありますよ。
でも砂の里で過ごして俺の躰がオカシクなってしまったんです。
こんな躰をカカシさんの目に晒せません!!!」

カカシの怒りが消え、不安げな顔でイルカを見つめる。

「ごめん。俺、自分のことばかりだった。先生何があったの? 大丈夫?」
「大丈夫なんかじゃ、ありません。お、おれっ」

えぐっ イルカがしゃくりあげた。
両の拳を握りしめ、それから恥ずかしそうにぎゅっと目を瞑り大声を張り上げた。

「腹に肉が付きました!きっと5kgは太ってるっ!」

腹に肉ッ!?

その言葉のインパクトにカカシは返す言葉もなく固まっている。

「アンタのそんな綺麗な躰見せつけられて、俺の醜い躰を晒せるわけないですよ!」

カカシはイルカの腹回りに視線をあてた。
確かに、ズボンの上に脂肪がタプンと乗っている。忍びにあるまじき体型といえよう。
しかしカカシの下半身事情は切羽詰りまくっているのだ。

―――そんな理由で逃げられてたまるかッ!!

「電気消すので問題ないです! 何ならケツさえ出してくれれば上は着たままでも!!」

必死である。
初夜の雰囲気もへったくれもない。

「そういう問題じゃありません。今の俺は俺じゃないんだ、カカシさんには俺を抱いてほしいんですっ」

イルカ、もうめちゃくちゃな理屈である。

「アンタ、じゃぁなんで太ったんだ!」
「俺だって、太りたくて太ったわけじゃない!! 毎日毎日テマリさんが大量の料理を作ってくれたんですよっ」
「そんなもん、残せばいいでしょぉがっ!!」
「シカマルの為に木の葉の料理を覚えたいからって頑張って作った料理ですよ?残せますかっ!?」
「くぅううっ……残せないっ!! それは残せませんっ!」
「そうでしょう。すぐに元の体型に戻しますからそれまで待ってください!」
「アンタ、どんだけ鬼なんですかぁーーーーーーーっ!!!」

そう言い残し、カカシはトイレへと駆け込んだ。


*



翌朝。
悶々として一睡もできなかったカカシがベッドで眠るイルカを起こす。

「おはよう、イルカ先生」
「おはようございますカカシさん。あの、怒ってます?」
「いいえ。全然」

イルカはほっと胸をなで下ろした。

「ほんと、我儘ばかり言ってすみません。俺ダイエット頑張りますから」
「うん。よろしく。じゃ、朝ごはん食べましょうか」
「やったぁ!!」

茄子の味噌汁、焼き魚、炊き立てつやつや白いごはん、きんぴらごぼう、五目煮豆などなど見目も麗しい和食の数々が卓袱台の上にデデンと鎮座していた。

「うっわぁー!!とっても豪華な朝食ですねっ。これ全部カカシさんが?」

語尾にハートでも付きそうな勢いでイルカが目を輝かせる。

「はい。出張帰りのイルカ先生のために、俺、がんばっちゃいました」
「嬉しいなぁ……。俺、もうハラヘリで死にそうです」
「じゃぁ沢山食べてくださいね」
「はい」
「「いただきます」」

イルカが箸に手を伸ばしたところでカカシが「あっ」と声をあげた。
それから芝居じみた動作で両手を胸の前でパチンと合わせる。

「気が利かなくってすみませんー。イルカ先生ダイエット中でしたよねぇー? こんなの食べたらダイエットになりませんよねぇー? 俺が食べてあげますね!」
「へっ!?」

もぐもぐもぐもぐ    
もぐもぐもぐもぐ

「や、ちょっとまって。いくらダイエットっていったって飯くわなきゃ死んじまいますよ!」

もぐもぐもぐもぐ
もぐもぐもぐもぐ

「心配ご無用」

カカシがぽいっと何かを投げてよこす。
それを咄嗟に掴んだイルカの掌にあったものは。

「兵糧丸!?なんの嫌がらせですかっ!」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。俺はダイエットに協力してるだけじゃないですか。ごちそうさまでしたー。イルカ先生、今日の朝食、最高に お い し か っ た ですよぉ〜」

邪悪な笑みを湛えたカカシがイルカの手を掴み立ち上がった。

「さ、食事の後は適度な有酸素運動です。里を50周走ってきてください」
「ちょっ、それのどこが適度な運動ですかっ、」
「嫌ですか? じゃぁベッドの上で運動しますか?」
「カカシさん、やっぱめちゃめちゃ怒ってるじゃないですかっ!!!」
「そんなに声を荒げちゃって、怒ってるのはアンタでしょう!俺に強姦されなかっただけありがたく思いなさいよ」
「やっぱり怒ってるっ」
「怒ってません!!人間の三大欲求のうちの一つを我慢させられたからって怒ってませんよ!俺は!!!」
「なっ!?だからってこんな仕返しして大人げないな、あんたも!!」
「アンタもな。忍びなら自己管理くらいしておけってんですっ」

お互いに“おあずけ”を食らった二人のくだらない喧嘩は、イルカが元の体型に戻るまで時と場所を選ばず繰り広げられたという。
人々は生暖かい目でそれを見守りましたとさ。


おしまい。


おまけ。


「アスマ、ちょっといいか。俺、最近カカシさんに殺気あてられてる」
「あぁん? お前何やらかした」
「何も。意味わかんねぇし、めんどくせぇ」
「まぁ、そういうな。カカシの殺気はすげぇだろ?並みの上忍じゃだせねぇぜ。修行だと思って殺気に慣れろ」
「はぁー。アスマに相談したのが間違いだったよ」
「おいおい、ひでぇ言いようだな」

丁度そこにカカシが通りかかった。
確かにシカマルに向けてものすごい殺気がほとばしっている。それはアスマの想像以上の激しさで。

「おい!カカシ。うちのシカマルが何かしたか?ソレ、里の者に向けていい殺気じゃねぇだろ」

目を眇めて問うたアスマにカカシが答えた。

「なーんにも。ただの八つ当たり。シカマル、イルカ先生が痩せるまで我慢しな」
「はぁー?意味わかんねぇし!!!」
「カカシ、お前なぁー」
「シカマル、ひとついっといてやる。テマリはめちゃくちゃ料理上手だそうだ。よかったな」
「なっ!そこになんでテマリが出てくるんだよっ!!」

真っ赤な顔をしたシカマルを見たカカシが噴出した。

「あー、なんとなく事情は呑み込めたがな。カカシ、シカマルに当たるのはやめてやれ」
「じゃぁアスマに当たっちゃおうか」
「ったくしょうがない奴だなぁ。お前も」
「ヤケ酒付き合って? お前のおごりで」
「りょーかい」

昼間から居酒屋になだれ込むもうとするどうしようもない大人達の背中を見送り、シカマルは大きな溜息をついた。

こんどこそおしまい




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