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   一楽ラーメン  〜サクラ編〜

――医療忍者なんて仕事をしていると実家暮らしのありがたさが身に沁みる。病院で心身ともに疲れ果てて帰宅したら、食事は用意されているし、お風呂だって。実家暮らしって最高!! ……でもないか

食事を終えソファで寛いでいると深刻な顔の父キザシがやってきて、サクラは溜息をついた。

「サクラ、折り入って話がある」

返事の代わりにサクラは居住まいを正した。
内容なんて聞かなくてもわかるし、自分の中で答えは決まっているけれど、こんな顔をした父親を無視するわけにもいかない。

「実は、な。父さんの上司の息子さんがお前を見初めてくださってな。名門忍者の家系の嫡男でお人柄も素晴らしいお方だ。お前のよき伴侶になってくださるだろう」

「お父さん、何度も言っているけど私結婚なんてしません」

「何をバカなことを。もうお前もいい歳なんだ。子供みたいなことを言ってないで彼に決めなさい。来週末に顔合わせ、来月には結納。半年後には祝言だ。」

「そんな、勝手に!!」

「もう決まったことだ」

「嫌よっ私は絶対に」

「絶対に、なんだ」

温厚なキザシが珍しく声を荒げたため、サクラは言葉を継ぐことが出来なかった。

「サクラ、お前が誰を好いているか知っている。だが、手塩にかけた娘を犯罪者に差し出す親がどこにいるというんだ!」

「お父さん、サスケ君のことをそんなふうに言わないで!」

「どれほど火影様やナルト君が庇おうと、彼は犯罪者だ。そのうえ木の葉の里に留まりもしない。そんな男と一緒になってどうするんだ。どれだけの苦労をお前は背負い込むつもりだ。お前だけではない。お前がバカなことをすれば春野一族が後ろ指をさされるんだぞ! お前が望んでいることは、そういうことだッ!」

俯き、唇を噛みしめる愛娘の姿がキザシの心を抉る。
けれど娘の幸せのために絶対に赦すわけにはいかない。

「サクラ。父さんはな、ただお前に幸せになってほしいだけなんだ。一時の感情に身を任せて不幸になった人間を嫌というほど見てきた。お前にはそうなってほしくはない。サスケ君のことは諦めなさい」

一枚の写真を差し出しながら、キザシは娘を諭し続ける。

「このお方は本当に愛情深いお人で、何よりお前を好いて下さってる。結婚して子供でもできれば、子育てに追われ、昔の気持ちなど思い出すこともなくなるだろう。大丈夫だ。お前もこの方をきっと好きになる。幸せに暮らしていける」

失意のサクラはただ頷くことしかできなかった。
ほっとした様子のキザシの傍らで、母メブキは深く項垂れていた。


*


「お疲れ様」
「サクラ! お疲れ様。ゆっくり休んでね」

仕事を終え、木の葉病院の門の前で同僚と別れたものの、家に帰る気にもなれないサクラは空を仰いだ。

――サスケ君、今どこにいるのかな、逢いたいな。
私、ほんとに結婚しちゃうのかな。結婚して、子供を産んで、サスケ君のこといつか忘れてしまうのかな? そんなの……イヤダ。

つぅ、とサクラの頬を涙が伝った。

「サクラ」

後ろからかけられた柔らかな声に驚いて、慌てて涙をぬぐい振り返る。

「母さん?」

「お仕事お疲れ様。迎えにきちゃった」

そう言って微笑むメブキは大きな荷物を抱えていた。

「母さん、それ持ってあげる」

「あら、ありがとうサクラ」

「結構重いわね。何が入っているの?」

「内緒よ。ね、サクラ。母さん一楽ラーメンが食べたいの。今から連れていってくれる?」

びっくりしたサクラが笑う。

「珍しいこと言うわね。私が第7班にいた頃、ラーメンを食べて帰ったら“栄養のバランスがとれないでしょ”っていつも怒ってたくせに」

「そうね。でもあなた、トッピングにモヤシとネギとチャーシューを追加すれば平気だって言ったわよね?」

母と娘は顔を見合わせて、ふふふと笑った。
昔の優しい思い出に、サクラの心が和らぐ。

――あの頃は任務以外でサスケ君と一緒にいれるのが嬉しくて、よくラーメン食べにいこって誘ったな。
他のお誘いなら断られちゃうけど、不思議とラーメンだけは断られなかった。
ナルトのこと、ラーメンばっかり食べるってバカにしてたけど、サスケ君もきっとラーメン好きだったんだよね。


「ねぇ、サクラ」

優しく遠慮がちな声に、サクラがメブキを見た。

「これから言うことはお母さんの独り言だからそう思って聞き流してちょうだい。母さんね、とっても好きな人がいたの。」

そう話し始めたメブキの声はサクラが知っている母の声ではなく、切なく哀しい女の声だった

「若さって、恐ろしいものよ。どうしてあんなにも大切な人を手放してしまったのかしら。
常識や保身や見栄。いろんなものに自分から囚われて “それがお互いのためだから” なんて綺麗ごとに逃げて恋を諦めてしまった。まだ若いんだから次があるって自分に言い聞かせて。
でもね、そんなのは嘘だったわ。あの人以上に私を分かってくれる人も、あの人以上に私が愛せる人も、いなかったわ。
家族を持てて私は幸せよ。主人のことも貴方のことも、とっても大切。でもね、あのときどうして、私は諦めたんだろうって。どうして何もかもを捨ててあの人に付いていかなかったんだろうって。そんな気持ちを一生持ち続ける人生だわ。
どんなに傷ついて無様にもがき苦しむことになったとしても、あれはきちんと向き合わなければいけない想いだったの」

明かされたメブキの想いに、サクラは震える手を強く握りしめた。


*


一楽の暖簾をくぐると「らっしゃい!」と聞きなれたテウチさんの声。
「春野サクラの母でございます。娘が大変お世話になっております」などとテウチさんに深々と頭を下げるメブキを横目にみながら、サクラは大好きな人達の姿を見つけて歓声をあげた。

「カカシ先生! イルカ先生!」

二人の恩師は同時に「「よっ」」と右手をあげる。
その様子がおかしくてサクラは噴き出してしまった。

「人の顔見て噴き出すなんて随分じゃぁないの」

ビール片手にむくれるカカシに、イルカが苦笑している。

「サクラ、カカシさんはなぁ、お前に会うために仕事サボって来てくれたんだぞ」

「そうだぁよ。火影職も暇じゃないんだから感謝しなさいよ」

そう言ってサクラ見て愛おしそうに眉を下げるカカシ。

「でも、仕事を抜け出してビールを飲んでいたことがバレればシカマルに怒られるんじゃないですか?」

「うん。そーね。そこはサクラ、黙っといてね」

三人で雑談をしているところに、テウチに挨拶を終えたメブキがやってきて、今度はカカシとイルカに深々と頭を下げた。

「火影様、イルカ先生、いろいろとお手間をおかけして申し訳ありません」

二人は立ち上がって丁寧に礼を返す。

「いえ、ご相談いただいてよかったです」とイルカ。
カカシは無言でニコニコと笑っている。
首を傾げるサクラにメブキが笑いかけた。

「貴方のことでお二人に来ていただいたのよ」

「そーいうことだから、お前はここに座りなさいよ。」

ぽんぽんと隣の椅子を叩くカカシに怪訝な顔を向けながら、サクラが席についた。

「お母さん、どういうこと?」

「貴方の婚約のことをイルカ先生に相談したのよ。そうしたら火影様に声をかけてくださって」

ここでまた母は二人に頭を下げた。

「えっ?」

「お父さんはああいったけど、貴方は自分のしたいようにしていいのよ」

「母さん? でも......」

未だサクラの心に深く突き刺さったメブキの言葉がサクラを責めたてる。

「そんなことをしたら、父さんや母さんだけじゃなく、春野一族に迷惑をかけてしまう」
「それはそれ、これはこれ。ねぇ。サクラ、貴方、本当はどうしたいの?」
「わた、私は……」

サクラは震える拳を握りしめた。
怖い。
本当の気持ちを声に出すことがとても怖い。
心で思うことと、実際に口に出すことには大きな隔たりがあることをサクラは知っている。
口に出してしまえば、責任が生じてしまうから。
色々な人を巻き込んで、物事が動き出してしまうから。

でも、だからこそ!
サクラはキッとメブキを睨み付けた。
強い光を放つ愛し子の目を、メブキが真っ直ぐに見返す。

「母さんごめんね。私、サスケ君を追いかけたい。もう一度自分の気持ちを伝えたい。私きっとサスケ君以外の人は好きになれない。ずっとサスケ君を見てきたもの。私にはサスケ君しかいません」

「そうね、そうよね」

メブキは何度も頷き、ついには泣きだしてしまった。
カカシとイルカは春野親子を優しく見守っている。
サクラがメブキの背中を宥めるように、謝るように何度も何度もトントンと叩いていた。

落ち着きを取り戻したメブキが、サクラから離れ、カカシにまた頭を下げる。カカシは心得たとばかりに、サクラの目の前に一枚の紙を突き出した。

「これサクラにあげる。気を付けて行ってきて」

天井扇から送られてくる風にヒラヒラと揺れている紙。
そこに記された文字をサクラが辿る。

「え? 任務依頼表!?」

「そ。お前を抜け忍にするわけにいかないだろ? サスケと一緒の任務につけてあげる。任期はお前の気が済むまで」

「……カカシせんせっ」


ぐずっとサクラは鼻を啜った。
イルカがサクラの頭をクシャリと撫でる。

「サクラ、無理して結婚してもお前は幸せになれないよ。第一結婚相手にも失礼な話だしな。俺もカカシさんも、お前達に幸せになってほしいんだよ。さあ、後のことは俺たちに任せてサスケのところに行ってあげなさい」

イルカの優しい声がサクラのひび割れた心に染み込み、癒していく。

「はいっ! イルカ先生」

「お前やサスケのことを悪く言うような奴がいたら俺に守らせてよ。こうみえても俺、職権乱用得意なんだぁよ」

悪戯っぽくニヤリと笑うカカシにつられてサクラも笑ってしまう。

「あ、ありがとうっ、カカシ先生」

嬉しさとほんの少しの罪悪感と、期待と怖れ。
色々な気持ちの嵐に翻弄されながらも、サクラは生き生きとしていた。

「お母さん、ありがとう。きっと父さんは怒るわね」

「バカね。親のことなんて考えずに自分が幸せになることだけを考えなさい。結局それが一番の親孝行なのよ」

「はい」

サクラは涙をぬぐい綺麗な笑顔で母に笑いかけた。

「お母さん、この重い荷物ひょっとして私の?」

「そうよ。ラーメンを食べたらそれを持ってすぐに旅立ちなさいな」

「うん。そうする! テウチさん、私モヤシとネギとチャーシュー追加でお願いね!」

「はいよっ!」

テウチさんに見守られながら、皆で食べたラーメンはとても美味しかった、とサクラは思った。勇

――待っててね、サスケ君。
それから、どうか私を愛してね。

幸せにむけて、サクラは大きな一歩を踏み出した。


おしまい
 

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