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   桜花に願う

*お話のタイトルは早瀬はやおさんに、お話の中に出てくるお料理教室の名前は如月ゆう本゜さんに決めていただきました。

溢れた涙をこぼさないように空を仰げば、抜けるような青空をバックに満開の桜が目に飛び込んできた。
厳しい冬を耐え忍び無数の花芽をつけた木々は、きっとこの日を選んで咲いてくれたのだろう。
今日は、ナルトとヒナタの祝言の日。

残酷な運命を背負わされ生まれてきたナルト。
あんなに不安定で傷だらけで、孤独から抜け出そうと必死にもがいていた小さくて健気なナルトが、いつのまにか立派になって今日という日を迎えた。
ナルトをはじめて抱きしめた日のことをまるで昨日のことのように思い出す。「イルカせんせぇ……」俺の胸に顔を埋め、泣きながら俺を呼んだ声の切実さに、躊躇いがちに背に回された手の頼りなさに、心がギュッと締め付けられた。そして腕の中の小さな温もりを心底愛おしいと思ったんだ。
こんなに沢山の人が暮らす里に住んでいるのに、誰にも守ってもらえなかったナルト。
だったら何がなんでも俺がアイツを守ってやるんだ。アイツの盾になるんだって誓ったのに、思い返せば大したことはしてやれなかった。
俺はナルトの歩む困難な道のりを、胸が潰れる思いで見守っていただけだった。ナルトは今の幸せを自分の力で掴みとった。それなのにナルトは、こんな俺を父のようだと言ってくれて。「今の俺があるのはイルカ先生のおかげだってばよ」なんて言ってくれて……っ!

「うっ……ぐぅっ、ナルドォオオっ!!!」

涙 腺 決 壊 

俺の両目からダラダラと滝のように涙が流れて止まらない。
もうこうなったら空を見上げている必要もないから、俺は前を向く。
涙で歪む視界に、沢山の参列者に囲まれて幸せそうに笑うナルトとヒナタが小さく映りこむ。
優しい春風が吹くたびに、ヒラリヒラリと桜の花びらが舞う。なんて素晴らしい光景なんだろう。

「よかったなぁああ ナルトォオ……!」

ナルトと過ごした沢山の時間が心に次々と浮かんできて止まらない。


目をキラキラさせて一楽のラーメンを啜る幼いナルト。「こんなウマいもん食うのはじめてだってばよ」と、大事そうにラーメン鉢を抱える骨の浮いた小さな手に胸が詰まった。
アカデミーを卒業し下忍になってもナルトはしょっちゅう俺に会いに来てくれた。大抵はカカシさんの愚痴で、「イルカせんせー!! カカシ先生ってば遅刻ばっかりするんだってばよ!!」とぶーぶーと口を尖らせながらも、カカシさんへの信頼と愛情が全身から滲み出ていて、ナルトが心を許せる大人が増えたことが純粋に嬉しかった。
サスケを追い里を遠く離れ、苛烈な戦いに身を投じるナルトの身をどれだけ案じたことか。何もかも投げ打って里を出て、ナルトの側にいて守ってやりたいという衝動に駆られた夜も一度や二度じゃない。
だけど、そんなことをしてもナルトの為にはならない、と。アイツが帰る場所を守ることが自分の使命だ、と。この里で帰りを待ち続けた。
自来也様の訃報に接し、公園のベンチでひとりで静かに泣いていたナルト。
そこらじゅう探し回りやっとナルトを見つけた瞬間、用意していた慰めの言葉は全て溶けて無くなった。どんな言葉でも癒すことのできない傷をナルトはまた負ってしまった。そのことが哀しく、切なかった。
あの日、二人で分けて食べたアイスの冷たさを俺は生涯忘れることができない。

ナルトは沢山笑って沢山のものを得た。だけどその何倍も泣いて、何倍も喪っていることを俺は忘れない。
それでも前を向き、懸命に生きてきたナルトを俺は心から尊敬している。
オマエは俺が支えてくれたと言うけれど、俺もオマエに支えられていたよ。俺の特別な存在でいてくれた。血の繋がりがなくても、心から子どもを慈しむことができる自分を知った。親の真似事をさせてもらった。良い夢を見させてもらった。
でも、今日ナルトは本当の家族を手に入れたんだ。
だからもう、俺はお前を手放さなきゃいけないんだよな。
今までありがとうな、ナルト。
少し寂しいよ。
お前が幸せになるのに、こんなこと思うなんて、ごめんな。

「ナルト……本当におめでとう」

さっきまでとは違う種類の涙が溢れてきて、もうどうしようもない。
後にあれじゃまるで花嫁の父だ、とからかわれるほどの号泣をかます俺の名を、隣に立つカカシさんが呼んだ。

「イルカ」

左隣に視線を移すと、豊かな銀の髪を春風に揺らせた美しい人が、まっすぐに俺を見ていた。
トクリ。と心臓が大きく波打つ。
もう何年も恋人として付き合っているのに、この人を見るたびに甘い疼きに胸が満たされる。
湧き上がる恋慕に心が震えてしまう。
俺のカカシさんが切れ長の目を愛しげに細めて、俺を見ている。

「大切な人はね、増えることはあっても減ることはないんです。これからも、あなたとナルトの関係は何も変わりませんよ」

カカシさんは俺の心の一番深いところにストンと落ちてきて、ざわついた気持ちを落ち着かせてくれた。
そうだ。俺の中からナルトの居場所が無くなることは絶対にない。
それと同じように、これからもナルトの中に俺の居場所はあるのかもしれない。一度繋いだ絆はずっとそこにある。接し方は変わったとしても、情愛は永遠に在りつづける。手放すだなんて、そんなことは考えなくても良かったのかもしれない。

「カカシさん……」

今度は俺をずっと愛してくれるカカシさんの存在が愛おしくて、涙が零れた。
怒り、苦しみ、哀しみ、喜び、激しく心が動いたときには、いつだって慈しみに満ちた丸い声で、俺を癒す真実の言葉をくれる人。
どれだけ俺のことを見てくれているんだろう。どうしてこんなに深く理解してくれるんだろう。
俺はカカシさんが好きで、好きで、大好きで、見ているだけで息が止りそうなくらい好きだけど、この優しく賢い人がくれる愛情の半分も返せていない気がする。
好きで好きでたまらないのに、切なくなる。

カカシさんは大丈夫、全部分かってるよ、という顔をして俺にハンカチを差し出してくれた。
深い青の瞳に閉じ込められると、心がこれ以上ないってくらいに満たされる。
あぁ、もう本当に。
心の全てを明け渡しても足りないくらい、俺はこの人が好きだ。

「カカシさん……俺、今鼻水も出てますし、そんなに見んでくださいッ」

それなのに、素直じゃない俺はこんなことしか言えなくて。
今日の空のように美しく破顔したカカシさんは、「ごめーんね」と俺から視線を外し前を向く。
その眼は今、ナルトとヒナタの晴れ姿を映していることだろう。

俺はカカシさんのハンカチで涙を拭きながらカカシさんの横顔に見惚れていた。
目を細め、穏やかな顔で人の輪を眺めるカカシさんの姿が、今は亡きじっちゃんの姿と重なる。
里民の喜びを自分の喜びとするカカシさんの心の在り方は、火影そのものだ。
俺たちはどんなに愛し合っていても、お互いの唯一にはなりきれないのかもしれない。

そう思えば切なくて。愛しくて。
また涙が零れそうになったとき、カカシさんの唇が口布の下で小さく動いた。
言葉もなく唇だけで紡がれたカカシさんの告白に、胸にツキリと痛みが走る。
それから全身の肌が歓喜と戸惑いに泡立ち、動悸は激しくなり、息をするのも苦しくなる。
何か言わなければ、でもいったい何を言えばいいんだろう。
そもそも声に出さなかったのは、俺に伝えるつもりがなかったからじゃないのか?

桜吹雪の中で、俺は自分を見失った。


*


祝宴は深夜まで続いた。
なにせ忍びの里だ。皆、体力は有り余るほどにある。
思う存分ナルトとヒナタを祝福し、日向家の人々にナルトの素晴らしさを語り、卒業生とナルトの思い出を語り合い、旨い酒をしこたま呑んで、独り暮らしのアパートに戻った俺は明かりもつけず、礼服のままベッドに仰向けに寝転んだ。

「結婚……かぁ……」

男女が互いに惹かれ合い、求め合って祝福されて結ばれる。満ち足りた生活を営む二人は、やがて幸せのうちに新たな命を授かる。それが、理想の結婚だとすれば、俺たちはどうすればいいのだろう。

今日、桜の下でカカシさんが紡いだ音のない言葉。

「結婚してよ、イルカ」

その言葉が胸の中心に突き刺さっている。時を追うごとに深く、深く刺さっていく。
長い付き合いの中で、一度だけ求婚されたことがあった。
そのときの様子は、つい昨日のことのように思い出せる。

「お願い、イルカ。どうか俺と結婚してください」

深夜、唐突に俺の部屋に現れたカカシさんの言葉と痛みを宿した瞳は、俺の心を激しく揺さぶった。
お互いの愛情を疑ったことはないけれど、結婚なんて考えたこともなかった。
俺たちはまだ若かったし、何より男同士だったし、カカシさんは里を代表するエリート忍者だ。時がくれば、カカシさんは気立ての良い高貴な女性と見合いをして結ばれるのだという漠然とした思いがあった。
カカシさんと別れたあとの人生なんて考えるのも恐ろしかったけど、きっとそうなるんだと恋の永遠を諦めていた。いつ捨てられても不思議じゃない、と自分を律してきたのに。
結婚? あの写輪眼のカカシが、この俺と結婚したいって?
完全に混乱し、喜びよりも戸惑いが先だってカチコチに固まってしまった俺に、カカシさんは「ごめん」と無理に笑って瞬身で消えたんだ。
後から知ったけど、それは自来也様へのナルトの弟子入りが決まった日の出来事だった。

カカシさんが結婚の話をしたのは、その一度きりだった。
やがて木の葉は戦乱に巻き込まれ、俺たちもそれぞれの場所で戦いに身を投じ、会うことすらままならなくなって。
大戦が終わって、あの人の立場も大きく変わった。六代目火影の肩書は、とてつもなく重い。
もう、俺が望んだとしてもカカシさんが俺との結婚を望むことなんてないと思っていたのに。

―― 結婚してよ、イルカ

口布の下で生まれそこなった言葉は、俺が拾わなければどこに行くのだろう。
俺たちの積年の想いは?


「するか? 結婚……」

いやいやいやいやいやいや。何考えてんだ俺!
相手は六代目火影様だぞ? 俺はアカデミー教師! 身分も違いすぎるし、男同士だし。
でも……それが何だって言うんだろう。
誰よりもカカシさんを愛している自信がある。カカシさんを幸せに出来るのは俺だけだって自負もある。
カカシさんが俺を生涯の伴侶に、と望んでくれるのなら、どんな困難だって乗り越えてみせる。
とは言うものの、なぁああああ〜。本ッ当に俺でいいのかよ!? いや良くねえだろうよ!!
……ダメだ。踏ん切りがつかない。

「はぁああああ、結婚かぁ……」

このまま思い悩んでいると、碌でもない結論を導き出しそうな気がして俺はベッドを降りた。
丁度喉も渇いてきたし水でも飲むかと台所にいくと、包丁が刺さったままの大根がシンクにゴロリと横たわっている。
誰だ、こんなことしたヤツ! って俺だよ。俺! 昨夜晩飯を作ろうとしていたらナルトが来て……。 
調理台の上に忘れ去られたまな板。台所の隅には洗濯に使う大きな金盥。味噌汁を作ろうとしただけでこの有様だ。
結婚以前の問題で、花嫁スペックが圧倒的に足りてない現実を直視してしまった。

「するか? 花嫁修業……」

嫁って言葉が男の俺にも適用されるか分からないけど、結婚するかしないかでウジウジ悩むより、よっぽど有意義な時間の使い方だよな……。結婚してもしなくても、料理が出来るようになるのは生活のプラスになるし、修行やってるうちに答えが出るかもしれないしな。
大根から包丁を引き抜きながら、俺はそう思った。


*


そんなこんなでナルトの祝言から数日後、俺は【花嫁修行塾★出汁からキチンと味噌汁講習会】に参加すべく公民館の調理室に来ていた。
男の俺が花嫁講座を受けるのもなんだか気恥ずかしかったし、なによりカカシさんと俺の結婚の噂がたつのはまずいと思って女に変化してきたけど、正解だった。

だって俺以外の受講者は、ヒナタ、サクラ、イノ、そしてテマリさんなんだぞ? とてもじゃないが、恥ずかしくてサクラたちの前で花嫁修業なんてできやしない。
朝、俺のアパートに立ち寄ったカカシさんに「おっ、イルカ先生。今日はそういうプレイですか」って、襲われかけて大変な思いをしたけど、変化してきて本当によかった。

胸をなで下ろしていると、自己紹介をするように先生に促された。

「はじめまして。池野メダカです」うん。我ながらなんて適当な偽名なんだろう。
「うずまきヒナタです」
名乗り慣れない苗字に頬を赤らめるヒナタから、ナルトへの愛情を感じて嬉しくなった。
「春野サクラです」
「山中イノです。よろしく」
サクラとイノのアカデミー時代を思いだすと、目の奥がじんわりしてきて慌てて目を擦る。二人とも本当に立派になった。
「砂の里のテマリだ。よろしくな」
そうか、テマリさんはシカマルの為に……。風影の姉という立場で木の葉の忍びと恋愛するのは大変だろうけど、どうか結ばれて欲しいと心から願う。


とにかく、サクラもイノもテマリさんもメダカが俺であることをちっとも疑っていない。
俺の変化の術も、なかなかのもんだ、なんて悦に入ってると講義がはじまった。

最初に出汁の取り方。
煮干しだったり、カツオだったり、昆布だったり、粉末だったり、出汁を取るといっても色々あることを学んだ。
具材や、料理に割ける時間や、その日の気分によって使い分けるらしい。「疲れたときは無理せず粉末! それも無理なら外食! 主婦業に完璧を求めるとしんどくなります! 旦那さまにとって一番大切なのは貴方なんですから、無理して家事をするよりも笑顔で過ごすことを大切にしましょう!」そう言い切る先生の笑顔が眩しかった。
そうだよな。完璧じゃなくていいんだ。そこに気持ちがあれば、温かければそれでいいんだ。カタチなんて大したことじゃないんだ。

サクラとイノは細かい作業が苦手らしく、顔を顰めて煮干しの頭をとワタを取っている。愛する人に食べてもらうために頑張ってるのだと思えば、この子たちの眉間に寄る皺さえ貴く感じた。ヒナタは昆布を濡れ布巾で丁寧にふき、テマリは先生に木の葉の郷土料理について質問を浴びせている。
俺は味噌汁の具になる茄子を慎重に切っていた。茄子はモノによっては灰汁が強いものがあるらしく、塩水に30分程つけるか、時間のないときは塩水で1分ほど茹でなけないけないらしい。色落ちもこれで防げるんだと。
なるほど。今まで俺が作ってた茄子の味噌汁がドス黒かったわけだ。
ちゃんと覚えて帰って、カカシさんに美味しい味噌汁を作る!!

下処理をした煮干しと昆布を行平鍋に入れ、水から煮出す。
しばらくすると透明だった水がべっこう飴のように色づき、良い香りが漂い始めた。

「煮すぎると苦味が出ますから、これくらいで火を止め、ザルで濾しましょう。では、サクラさん。やってみてください」
「はい!」

まるで任務のときのように真剣な顔でサクラが鍋と対峙するから、俺はなんだかおかしくなってしまう。
世界最高峰の医療忍術を体得し、世界を救う力を持つ最強のくの一が、慣れない料理とサスケへの恋心の前では普通の女の子に戻ってしまう。そんなサクラが可愛くて愛しくて仕方がない。こんなにもサスケに対して一生懸命なサクラ。けれど実際に二人が結ばれるまでには多くの困難を乗り越えなければいけないだろう。
それを思うと胸が痛んだ。

「がんばれよ、サクラ」

しまった! ついいつもの調子で声を掛けてしまった。
気付かれやしないかと、あたりを見回すと、みんな真剣な顔でサクラの手元を注視して、俺の発言なんて気にも留めてなかった。
当の本人もまるで複雑な術式を組むときのように集中している。

金色の液体が鍋から落ちていく様子をみんなが息を詰めて眺めている中、最後の一滴が滑り落ち、「はぁああああ」とサクラが大きなため息をついた。

「こんなに緊張するとは思わなかったわ」

サクラ、それはな。オマエがサスケのことを想いながら作っているからだよ。

「私もナルト君にお料理を作るときは、いつもとても緊張するわ。だって、最高に美味しいものを作りたいって思うから」

ヒナタ、お前、そんな気持ちでナルトに手料理を……! よかったな、ナルト。本当によかった。

「あー。私もサイに作るときは緊張する。アイツ、何食べても美味しいって言うんだけどさ。それでも、やっぱり美味しいもの作ってあげたいものね」
 
イノの笑顔が眩しくて、心の中が温かくなった。「イルカ先生、私たちも近々結婚するのよ」と教えてくれたイノ。結婚を控えた女性はこんなにも輝くものなのかと目を見張ったのは記憶に新しい。
結婚かぁ。良いなぁ……。

「結婚出来れば、幸せだろうな……」

心中の言葉が若い女の声で聞こえてきたことに、俺はギクリと身を強張らせた。
声がした方に顔を向けると、テマリさんが泣きそうな顔をしていた。
なんで、なんで全部諦めたような顔をしてるんだ。幸せはすぐ目の前にあるのに、どうして手を伸ばさない? 

「だったら結婚すればいいんですよ」

たまらなくなった俺はテマリさんに話しかけていた。

「えっ……」

たじろぐテマリさんをヒナタが背に庇う。

「メダカさんはご存じないかもしれませんが、テマリさんは風影様のお姉様で、好きな人は木の葉の忍びなのです。だから……」
「だからどうしたんです? 心底好きになれる相手に出会えただけでも奇跡なのに、その相手からも思われてるんでしょう? こんなに幸運なことはありません。結婚する理由なんてそれだけで充分じゃないですか? 幸せになるのに、どうして躊躇うんです」

テマリさんの両目からは涙が溢れていた。心底傷ついた、って顔をして立ちつくしている。
今度はサクラがテマリさんを守るように俺の前に立ちはだかった。

「メダカさん、それ以上は言わないでください。そんなことテマリさんは分かってるの。でも怖くて動けないんです。私だって……。
メダカさん。あのね、私が好きなのは、あのうちはサスケ君です。結婚したら世間から何て言われるか、どんなに困難なことが待ち構えてるかって思ったら足が震えて。なにより周りに祝福されない結婚をしてサスケ君が本当に幸せになれるのかって不安で不安でたまらなくて。好きだからこそ、立ち向かう勇気が出ないんです。それなのに花嫁の為の料理教室なんかに通って……自分でもバカだと思います。でもこうやって細やかな夢に縋ることが今の私の精一杯なんです。テマリさんもきっと……私と同じような気持ち。だから、もう言わないであげてください。私たちは幾つかの綺麗な思い出を作って、この恋を手放すって決めているんですから」

イノがサクラを、ヒナタがテマリさんを抱きしめていた。

サ……クラ。
お前。そんな気持ちで……。サクラの辛さを考えると、心が割れるように痛い。あぁでも。同じじゃないか。お前の気持ちもテマリさんの気持ちも俺の気持ちも。
そうだよな。好きだからこそ、色々と考えて簡単には動けない。愛する人の幸せを考えて身を引こうと思うんだよな。自分よりも相応しい人がいるかもしれない。自分の存在が迷惑になるかもしれないからって。
でもな。お前たちを見てて分かったよ。

「そんなのは間違ってる!!!」

ボフンと煙に包まれながら変化の術を解く。

「え!? イルカ先生!?」

驚きすぎて涙が引っ込んだサクラとテマリさんに向けて、俺はニッカリと笑ってみせた。

「サクラ、テマリさん。世界中が反対したとしても、俺は応援するよ。立場や世間体は確かに大切だ。でもな、一番大切なのは相手の気持ちと自分の気持ちなんだよ。そこがブレなければ絶対に幸せを掴むことが出来る。真剣に人を愛する思いは、皆の心を動かせるって信じてる。長く時間がかかるかもしれない、辛い道のりかもしれない。だけど愛し合う者同志は一緒にいるべきなんだ! それが一番大切なことなんだから! それをこれから俺が証明してやるから!」

そうだ。
教師として、この子たちの手本になるような生き方をしなければ。
立場がどうの、性別がどうの、そんなことに捉われて幸せを手放すなんてバカげてる。
愛されているなら、大切にすべきなのは世間の目や立場なんかじゃなく、愛してくれている人だ。
カカシさん、俺は間違ってました。
貴方はいつだって俺の気持ちを一番大切にしてきてくれたのに。俺は覚悟を決めるのが怖かったのかもしれない。自分に自信がなかったのかもしれない。
だけど、貴方が好きだという気持ちに嘘偽りはない。

「サクラ、テマリさん。俺についておいで。ヒナタもイノも、見届けて欲しい。俺の一世一代の大仕事を……!」

サクラ、ヒナタ、イノ、テマリさんと俺で円陣を組み、カカシさんの気配を頼りに瞬身の印を切る。
ふわり、と身体が浮き景色が歪んだ。


*


空は高く青く、真白の雲がゆったりと北に向かって流れている。
俺とカカシさんは、まだ少し冷たい風に吹かれながら火影岩の上で春霞に包まれる木の葉の里を見下ろしていた。
暖冬だったせいか今年は桜の開花が随分と早かった。
里のあちこちに植えられた桜が、柔らかな香りがここまで漂ってくるかと思われるほど見事に咲き誇っている。
満開の桜の下を、棒きれを振り回しながら駆ける幼子達。それを、にこやかに見守る母親。さぞかし騒がしいだろうに我関せずとのんびりと道端に寝そべる犬。
平和そのものの光景を、満たされた表情で眺めるカカシさんが口を開いた。

「里が桜に包まれるたびにね、あの日のことを思い出します。イルカ、ありがとうね」
「いやぁ、あのときは俺も必死で。随分と大胆なことをしてしまったと自分でも思いますよ」

あの日、料理教室から教え子たちを連れて飛んだ先は、ナルトの祝言の為に集まった要人をもてなす会食の場だった。
かねてからカカシさんに見合いを勧めていたホムラ様とコハル様もいらっしゃるその場で、俺はカカシさんにプロポーズした。
カカシさんは「イルカ、嬉しい」と言って俺に駆け寄り、抱きしめ、会場は大変な大騒ぎになって。
難色を示すご意見番の二人を雷影様と土影様が諭してくださり、水影様と風影様は大声で俺たちの婚約を祝福の言葉とともに周囲に宣言してくれた。
サクラ、イノ、ヒナタ、テマリさんの驚いた顔と、輝かしい笑顔、そしてサクラとテマリさんの何かを決意した真剣な顔が忘れられない。
それからあれよあれよという間に話は進み、半年もたたないうちにカカシさんと俺は祝言をあげ、共に暮らし始めた。

独身の頃はカカシさんと会うと、いつも別れ際が寂しかった。たとえ明日会えると分かっていても、寂しかった。
だけど結婚してからは二人同じ家に帰れるのが、嬉しい。
毎日、二人分の食材を当たり前のように買えることが嬉しい。
同じ部屋でお互いの気配を感じながら、別々のことをしている時間が愛しい。
お皿もコップも歯ブラシも、ふたつづつ並んでいることが愛しい。
宝石のような毎日。

「気持ちがあれば結婚なんてしてもしなくても同じ、と思っていたけど、今はカカシさんと結婚してよかったなぁってしみじみ思ってますよ」
「そうだね。結婚って、いいもんだね」

素顔のカカシさんが、本当に嬉しそうに笑ってくれるから、俺は本当に幸せで。

あれから数年。
二人で積み重ねた日々の分だけ生活の隅々にカカシさんと俺の気配が入り込み、日常への愛しさが増していった。

――みんな、みんな幸せになればいい。

満たされた心で空を見上げると、青い空にスゥと一本の線が引かれていくのが見えた。
それはまっすぐに俺たちの方に向かってくる。
やがて速度を落としたそれを見て、俺は驚きの声をあげた。

「カカシさん、式ですよ!?」
「そうねぇ、随分と高度な式だねぇ。一体どれだけの距離を飛んできたのやら」

これほどの式を俺たちに向って飛ばしてくるのは、サスケだろうか、サクラだろうか。
真白の羽根を持つ大きな鳥は、カカシさんの腕に止まり綺麗にひと声鳴いてから、一枚の紙に戻った。
式を読みはじめたカカシさんの唇が弧を描きはじめ、伏せられた瞳には喜びが宿る。

「イルカ」

誇らしい表情で差し出された式を読むと、腹の底から歓喜が湧き上がってきた。

顔をあげると、あの日と同じ満開の桜が目に飛び込んでくる。
あぁ、なんて素晴らしい日なんだろう。
世界は喜びに満ち溢れている!

今日、サクラがサスケの子を産んだ。名はサラダと言うらしい。


FIN


ア二ナル最終回に猛った如月様からのリクエスト内容は「お料理下手なイルカ先生がカカシさんのためにお料理を覚える話」でした。
如月様、リクエストありがとうございました。

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