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   コトバ ノ チカラ 

寒い冬の夜。
任務から帰還したイルカは、忍具の詰まったリュックを玄関に降ろし、うんざりと息を吐き出した。

「受付の癒し、里の良心、アカデミーの希望、中忍の星! みんな好きに言いやがって、やってらんねーよな。まったく」

里の忍の大半が自分を人格者だと褒めそやす。
曰く、優しい人だ、笑顔が素敵だ、そこにいるだけで癒される、イルカがいるから頑張れる、と。
自身も忍である以上、手を汚す任務はある。たとえば今日のように。
こんな日には、皆からの賞賛が心の傷に沁みる。

「俺はそんなお綺麗な人間じゃないですよーだ」

アカデミーの教師であるということは、子どもに人殺しの術を教え、戦闘に送り込む訓練をさせている、ということ。
人を殺したことだって、勿論ある。
だって、忍者だから。

忍びの里に生きる者が、完全に綺麗な状態で生きるなんて無理なのに。
そんなことは皆知っているはずなのに、気付かないフリをしてイルカに理想を押し付けてくる。

イルカの心の中の暗闇や寂しさや辛さ、苛立ち。
そんなものをまるきり無視して、無いもののように扱って。
世の中にこんなにも心の美しい人がいるんだ。自分はそんな人と繋がっているんだ。
そう信じることで自分を保とうとするかのように。

「イルカ。お前の笑顔を見ると、里に帰ってきたって気がするよ」
「あなたがいるから、私は戦えるの」
「お前は俺が守りたい里そのものだな」

そんな言葉でイルカを縛る。

「優しいね」と、繰り返される言葉は「優しくしてよ」という要求の変化球だ。
「癒される」も「楽しい」も。
「癒してくれ」「楽しませてくれ」という切実な願いが形を変えたもの。

もちろん彼等に悪気なんてない。
彼等とて生きるために必死なのだ。
それが分かるからこそ、イルカは彼等が求める【うみのイルカ】を演じ続けてきた。
自らの心の傷を、ひた隠しに隠し、自我を殺して、受付にくる忍達の愚痴を受け止め、傷に寄り添い、痛みに心を砕いて、どんなに辛いときでも笑ってきた。

「本当の俺は優しも強くもないのに。なんで俺に惚れるかな」

心の中に黒髪の女性の姿が浮かんだ。
身体を清めれば、彼女と会わなければいけない。
会って、彼女からの告白を聞き、断らねばならない。

「イルカは誰のものにもならない」というのが里の不文律。
告白してくる女も男も、本気でイルカを自分のものに出来るとは思っていない。
それなのに、何故、次から次へと告白してくるのか。

大抵は、地に足をつけた恋愛をはじめる前のケジメか、死を意識したか、のどちらかだ。

廊下を歩きながら、イルカはまたしても大きなため息をつく。

「ユカ上忍は、自分は死ぬって思ってるんだろうなぁ」

年の割に幼い雰囲気をもつ彼女は、受付でいつもイルカの列に並んだ。
約2割の確率で任務をしくじる彼女は、はっきり言って上忍失格だ。
実力は充分なのに、優しさが任務遂行の邪魔をする。
彼女は忍者に向いていない。

そんな彼女から必ず話しかけられるようになって半年。
瞳に切実な色が浮かぶようになって、二ヵ月。
そろそろ、くるか。とは思っていたけれど。

「話をしたいから、二人きりで会ってもらえない?」

そう言われたのは、イルカがこの任務に出る直前まで入っていた受付で。

「ちょっと待ってくださいね」

イルカはユカ上忍の予定表をパラパラとめくった。
彼女は三日後にSランク任務を入れられていた。
どう見ても捨て駒として扱われ、生きて戻るのが困難と思われるその任務には、ユカ上忍をはじめ、上層部がもう使い物にならない、と断じた上忍が名を連ねていた。
イルカの心がみるみる曇っていくが、むろん顔には出さない。

情に篤いと言われるこの里に於いてさえ、忍びは戦いの道具にすぎない。
ヒルゼンは痛む心を殺して、この采配を決めたのだろう。
送り出すもの、送り出されるもの、共に自らを道具と認識している。
それが忍。
仕方のないことだ。

「わかりました。俺、受付が終わったら任務なんです。戻ったらすぐに式を飛ばします。深夜になるかもしれないけど、かまわないですか?」
「え? いいの?」

――だって、貴方、死ぬつもりでしょう?
無駄にする時間なんてないじゃないですか。

「ええ。ユカ上忍のお話が気になりますからね。それに俺、態度デカいですけどこれでも中忍ですよ? 上忍様を長いことお待たせするなんて、出来ませんよ」

自尊心をくすぐる言い回しに冗談をまぜて、けれども余計な期待を持たせない。
計算しつくした言葉と共に、イルカはニシシと陽気に笑ってみせたのだった。


回想に区切りをつけ、任務に汚れた身体を清めようと風呂場のドアに手をかけたところで、イルカの本能が違和感を捉えた。
中に誰かが、居る――!!

殺意の類は感じられないが、この時間、この場所に人の気配というのは、あまりにも不審すぎる。
イルカは、素早くチャクラを練り上げ、いつでも術を発動できる状態でドアを蹴り開けた。

ドカッ!!  
ドアが壁にぶつかる派手な音。

「ぎゃぁああああああ!!!!」

中からあがった大袈裟な悲鳴に驚き「ど、どぇええええ!???」と、イルカも奇声を発する。

「イルカ先生ッ、なんですか突然!! びっくりするじゃないですかッ」

怒られた!

「すみませんッ。じゃなくて、それはコッチのセリフだと思います。何やってるんですか!? ひとんちの風呂場でっ」

洗い場の冷たいタイルの上に、銀髪の美丈夫がしゃがみこんでいる。
左手にシャンプーのボトル、もう片方の手に詰め替え用の袋を持って。

「ってゆーか、アンタ誰だっ」
「やだなぁ、先生。はたけカカシですよ。この銀の髪、口布。斜めの額当て。どっからどう見てもはたけカカシじゃないですか」
「いや、そうですけど、仮にもコピー忍者とか言われてる凄腕上忍のアナタがなんでこんな時間にこんな所にいるんです!?」
「イルカ先生、そりゃあんまりですよ。昨日受付で話したとき、『シャンプーが切れてるから、誰か買ってきて詰め替えといてくれないかな〜』って言ったのはアナタですよ? 
俺もいろいろと忙しくてやっと来れたというわけです。夜分になってしまったのは謝ります」

イルカの眼は零れ落ちそうなくらいに真ん丸に見開かれて。

「確かに言いましたけど、そんなのは冗談に決まってます!」
「えっ!? 冗談だったんですか!?」

カカシの眼も零れ落ちそうなくらい真ん丸に見開かれて。
同じ表情の二人の男は、そのまましばらく見つめ合っていた。

「すみませんでした」

叱られた子犬のようにしょんぼりと目を伏せて謝ったのは、はたけカカシ。
その様子にイルカはうろたえる。

「い、いえ。お忙しいところ、わざわざシャンプーを買ってきてくださって、ありがとうございます。今日髪を洗う分もなかったから、助かりました」

カカシはそれはそれは嬉しそうな顔をした。
顔の半分以上を隠していても、イルカに伝わるくらいに、幸せそうな顔。
この男がイルカに恋をしているのは一目瞭然だった。
けれど、続くイルカの言葉は。

「これから人と会いますので」

カカシの肩がビクンと跳ねる。

この上忍が自分に惚れていることを知っていて、イルカはこの言葉を意図的に付け加えたのだ。
彼は里屈指の実力を持つ上忍だ。それどころか世界中にその名を轟かせている。
そんな忍者に惚れられたとの情報が出回ったら、命がいくらあっても足りないだろう。
彼が自分に告白しようと考える前に、諦めてもらわなければ困る。

「えーと。この時間から、約束? どんな、約束?」
「随分と立ち入ったことを聞くのですね。もちろん、女性との約束ですよ」

もうおわかりでしょう? とばかりに首を傾げると、カカシの唇から上擦った声が飛び出した。

「えっと」

カカシの視線が、宙をひとしきり彷徨ってからイルカの顔に戻ってくる。
怯えと決意の入り混じった複雑な色をして。

「好き、なの?」
「はい」

嘘は言っていない。
イルカは誰にだって薄い興味と好意を抱いている。

「そっかぁ」

髪色と同じ、色素の薄い眉をへにゃっと曲げて、カカシは笑った。
それから、両手に持ったシャンプーの容器と詰め替え用の袋をイルカに押し付けるように手渡して、ぺこりと頭を下げる。

「お騒がせしました。俺、帰ります」

カカシは空になった両手をポケットにつっこみ、背中を丸めて歩きはじめた。
急に頼りなげな様子になったカカシの姿をイルカは思わず目で追ってしまう。

「せんせ……好きな人、いたんだ」

消え入りそうなほど小さな彼の独り言は、何故かイルカの心を深く抉った。


イルカはブンブンと頭を振り、カカシのことを心から締め出すと、忍服を脱いで洗い場に足を踏み入れた。
いつもは飛び上るくらい冷たいタイルの一部分が、ほんのりと温かい。
さっきまで、そこにカカシが立っていたからだ。
『冷血と言われているあの人にも体温はあるんだ』なんて失礼な考えが頭をよぎり、慌ててシャワーのコックを捻る。
勢いよく降り注ぐ湯と共に、カカシへの不敬な思いも流し去った。

その後、ひとしきり肌を温める水の感触を楽しむと、イルカは詰め替え用シャンプーの封を切り、中身を直接髪へと垂らした。
10本の指の腹でごしごしと頭皮を擦ると、たちまち細かい泡がモコモコッモコッと生まれる。
無精にも、その泡を全身に広げ、汗と埃とほんのわずかな返り血を洗い流したイルカは、風呂場を後にし、忍服に着替えてユカ上忍の元へと出かけて行った。




翌日。
太陽の光が、徹夜の眼には眩しかった。
イルカは教室の喧騒を、どこか遠くに感じている。
もうチャイムは鳴ったのだから歩き回る生徒たちを座らせて、授業を始めないといけないのに、昨夜のことが、未だイルカの心を捉えていた。

ユカ上忍は、間違いなく恋する女の眼でイルカを見ていたのに、結局告白めいたことは何も言わなかった。

「俺に話って何です?」

ユカが切り出しやすいよう、声をかけてみても、彼女は寂しげに笑うだけで。
彼女は、行きつけだという居酒屋にイルカを連れ込み、朝まで呑み、よく笑い、楽しい話だけを沢山聞かせてくれた。ただそれだけだった。

だから、イルカは用意していた言葉を発することはなかったのだ。

「片想いの相手を任務で亡くしたんです。彼女のことを一生想い続けるから、俺は誰とも付き合いません」

この言葉は、誰にも迷惑をかけることなく、【うみのイルカ】のイメージを損なうことなく、かつ相手の失恋の傷を最小限に留める、魔法の嘘。
イルカがここ数年ずっと使ってきた断りの手段だ。





結局、どこか上の空で午前中の授業を終えてしまった。
きっと数週間後には、ユカ上忍はこの世からいなくなる。
そう考えると、いたたまれない気持ちになる。
彼女は、今までイルカに思いを寄せてきた誰よりも、優しかった。

こんな状態で職員室に戻り、同僚と世間話をしながら昼食を採る気にはとてもなれなかった。
少し考えてから、イルカは休み時間を裏山で過ごすことにした。
そこならば、独りきりになれると思ったのに。

「イルカせんせ?」

背後からかけられた柔らかな声に気が滅入る。

「はたけ上忍。気配を消してついてきたんですか?」
「すみません。気になって」
「あなたに気にしてもらうようなことは、何もありませんよ」

刺々しい言葉を吐いた自分にイルカは少なからず驚いた。
こんな日に、この常識の通じない上忍相手に【うみのイルカ】の仮面を被るのは難しいらしい。

「ねぇ、何か俺に出来ることは、ない?」

気遣わしげな声で優しい言葉を吐かれても、心の境界にズカズカ踏み込んでくる人間に好意は持てない。
イルカはとても意地の悪い気持ちになっていた。
めちゃくちゃな要求をしたら、この男はどんな反応を示すのだろう。

「俺、お弁当持ってくるの忘れたんですよね。折角だから高級料亭のお弁当を食べてみたいなぁ」
「分かりました! 待っていてくださいね。なるべく早く戻ります」

カカシは弾んだ声でそう言い残すと瞬身で消えた。

「まじかよ……はたけ上忍が俺のパシリをするのかよ?」

しばらくして、カカシがイルカの望んだものを携えて戻ってきた。
気を利かせたのか首から水筒までぶら下げている。
「どうぞ」とニコニコと笑って弁当を差し出すカカシに、イルカは苛立ちを募らせた。

「すみません。気が変わりました。やっぱり俺、木の葉マートの唐揚げ弁当が食べたいです」
「え? あ、はいっ! すぐに買ってきます!!」

シュン!
僅かなチャクラの気配を残し、カカシが消えた。




この日を境に、イルカは無理難題をカカシに押し付けるようになった。
里の銭湯を牛乳風呂にしてほしい、だとか、里中の子どもにピザをご馳走したい、だとか。
ユカ上忍が任務に出てからは、心の棘をぶつけるように、ありとあらゆる酷い我儘を言うようになった。
たとえば、カカシと会う約束をしてすっぽかしたり、家に呼びつけておいて中に入れなかったり。

けれども、その全てをカカシは淡々と受け入れてしまう。

「あの上忍、いつになったらキレるんだろな」

イルカは、いい加減、酷い自分に嫌気がさしている。
そして、どこまでも自分の言いなりになるカカシの存在が、自分の中で日に日に大きくなっていることに戸惑っていた。
普通に考えると、ことの良し悪しに関わらず、自分の望みを何でも叶える男など気持ちが悪いはずだけど、カカシは違った。
自分の言いなりになっている、というよりは、カカシからはもっと大きな何かを感じるのだ。
愛情だとか包容力だとか、そういった類の。

昔、両親が与えてくれた安心感。
イルカがとんでもない悪戯をしでかしても、なにか理由がある、とイルカの良心を信じ、気付きと成長を待ってくれているような。
むきだしの自分を、それでいいんだよ。って丸ごと認めてくれるような、そんな優しさ。
温かで、包みこんでくれる、とてつもなく大きな愛情。

「ありえねーよなぁ……。俺も大概、阿呆だな」

カカシが側にいることに、急速に慣れてしまっている。
善い人の殻の中に長年溜め込んできた、ドロドロに発酵した負の感情をカカシにぶつけている自覚もある。
そんな八つ当たりは誰に対しても、してはいけないと解っているのに。

このままではダメだ。ということはイルカにも分かった。
だけど、どうすることが最善なのかは分からない。
だからイルカは、最高に悪趣味で、最高に身勝手な無理難題をカカシに突き付けて、彼に嫌われることにした。


その夜、イルカは第三演習所に罠を仕掛けた。
夜が明けて、カカシを式で呼びつけると、彼はすぐにやってきた。

「おはようございます。はたけ上忍。今日はお願いがあって来てもらいました。罠を仕掛ける練習をしていて、ついうっかり中にハンカチを置き忘れてしまったんです。今日使いたいので取ってきてもらえませんか?」

カカシは無言でイルカの仕掛けた罠を見つめている。
しばらくして、罠の内容を正しく理解し「むぅ」と低く唸った。

イルカの罠はひどく単純でいて、高度だった。
チャクラ封じの結界の中に<何か>が入れば起爆札が全て爆発する。
そして起爆札が作動した後でしか結界を解くことは出来ない。
緻密な計算のうえに配置された起爆札の中に飛び込めば、上忍といえども、無傷ではいられないだろう。
下手をすると身体の一部分を失うかもしれない。
それを、イルカはしろ、という。
たった一枚のハンカチのために。

カカシはイルカを見た。
イルカは強く拳を握りしめ、挑むようにカカシを睨み付けている。
その眼光に、得体の知れない怒りのようなものを見て取ったカカシは、ふっと表情を和ませた。
カカシの心が決まったのだ。

「りょーかい!」

にっこりと笑って、カカシは瞬身の印を結んだ。

「なっ、何やってんだ! アンタッツ!」

驚いたイルカの前で、カカシの身体がヒュンっと消え、結界の中心に再び現れた。
カカシがハンカチをつまむと同時に、辺りに爆発音が響き渡る。

「はたけ上忍ッ!!」

――嘘だろ!? 

「はたけ上忍ッッ!!」

濛々と煙をあげる結界の中に、イルカは我が身の危険も顧みず飛び込んでいった。
数歩進むと、ガッシリとした腕に抱き込まれる。
顔をあげると、酷く真剣な顔のカカシと目が合った。
黒と赤の眼。

――写輪眼を使ったのか

「せんせ、ここ、危ないから」

そのまま抱え上げられ、爆風に庇われながら安全な場所まで運ばれた。

「怪我はない?」

真っ先にイルカを気遣ったカカシは全身傷だらけで。

「ばっ、バカヤロウっ!! 死ぬかもしれなかったのにっ!!」

イルカは恐怖に震えながらカカシの全身を見回した。
大丈夫、腕は両方ついてる。脚だってちゃんと二本ある。致命傷になるほどの怪我もなく、五体満足で生きてくれている。
安堵と猛烈な自己嫌悪で、イルカの瞳からボロボロと涙が溢れだした。

「ごめんね、そんなに泣かないで。ちゃんとハンカチ取ってきましたから」

カカシは、まるで小さな子どもを宥めるように、イルカの背中を優しくさすった。

「なん……っでっ! なんでこんな無茶なこと、するんだっ! アンタにこんな酷いことさせる俺のことなんてほっとけばいい!!」

「だって先生がすっごく自分に怒ってるのが分かったから、なんだか哀しくなって。こんな無茶なことを考えてしまうくらい追い詰めら れてる先生が可哀想で。俺がハンカチをとってきたら、先生の何かが楽なほうに変わるかなって思ったんです」
「たったそれだけの為に、かよ!?」
「俺にとっては大切なことですよ」
「同じ理由で今まで俺の言うなりに動いたり、何度すっぽかされても約束を守ったりしてたのかよ!」

「そうねぇ……。最初は不思議に思いましたよ? イルカ先生は何でこんなこと言うんだろう、って。
でも、そんなの俺が考えたって意味のないことじゃない。イルカ先生の気持ちなんて、イルカ先生にしか分からないんだから。
先生がしたいって思うことに、とことん付き合おうって思っていただけなんです。
あなたはずぅーっと皆の望む【うみのイルカ】を演じてきたから、怒り方も泣き方も幸せになる方法も忘れてしまっていて。だけど俺の前では生身の感情を取り戻してくれた。単純にそれが嬉しかった、ってのもありますよ」

次々と流れる涙をイルカは止めることが出来なかった。
汚い感情も含めた自分自身を誰かに見つけて欲しかった。
ずっとずっと寂しかった。ずっとずっと孤独だった。本当の自分を晒して嫌われることが、とても怖かった。
結局、自分を丸ごと愛して欲しかったのだ。

「大丈夫、大丈夫だよ。先生の中の醜い感情なんて、たかが知れてます。善い人になろうと思わなくたって、先生は充分に善い人で魅力的なんです。
だから、そのままの自分を出していいんですよ。皆の為にって、頑張らなくていいんです。最初はとても怖いかもしれないけど、本当のアナタは今よりずっと素敵ですよ。
まずは、みんなの幸せより自分の幸せを考えてみてよ。ね?」

カカシの太い指が、繊細な動きでイルカの涙を拭う。
何度も、何度でも。まるで泣かないで、とでも言うように。
イルカは大きな安心感に包まれて、カカシの背に手を回した。
カカシは緩やかに笑い、優しい視線でイルカを見つめてくれている。
イルカの心がじんわりと温かくなってくる。
こんなに穏やかで満たされた気持ちは、久しぶりだった。
この気持ちをくれたカカシには感謝しかない。
それはやがて愛情に変わるだろう。
いや、もう既に……。

「あとねぇ、イルカ先生。好きな人には好きって伝えなきゃダメですよ」

ドクン、とイルカの心臓が大きな音を立てた。
ドクドクドクドク。
鼓動は瞬く間に速度を増し、イルカはうろたえてしまう。

――そうだよな。ここまでしてくれた人に、気持ちを伝えないのは不誠実だ。今の気持ちをちゃんと伝えるんだ

「俺は……俺が好きな人は……」
「知ってます」

意を決した告白は途中でカカシに遮られた。

「イルカ先生は、ユカ上忍が好きなんだよね」
「!?」

思いもよらぬ方向に流れた会話に、イルカは驚く。

「あの任務にでた忍は全員無事に戻りますよ」
「えっ? どうして分かるんです?」

「シャンプーを届けたあとで、ちょっと調べさせてもらいました。それで、あなたの想い人がユカ上忍だということと、彼女がとても危険な任務を控えていることを知ったんです。

何か俺が出来ることがないかと思って、アカデミーの昼休みに先生に会いにいったのだけど、アナタ、いつもと様子が違ったでしょ? 

よっぽど彼女のことが心配なんだなぁ、って思ったから、火影様に掛け合って、ユカ上忍の任務に俺の影分身を付けることを許してもらいました。
万が一、俺が守りきれなかったときのことを考えると、先生にこのことを言えなかったんだけど。
でも、さっきハンカチを取りに行く直前に影分身が戻ってきて記憶が統合されたんですよ。
彼女、もうすぐ里に帰還します。

ユカ上忍は忍びには向いていないから、先生がお嫁さんにしてあげなさいよ。二人なら絶対に幸せになれるから。ね?」

ガンッと頭を殴られた気分だった。

「ちょっ、ちょっと待ってください! アンタはそれでいいのかよ! アンタ、俺が好きなんだろ!?」

イルカの言葉にカカシは目を見開いた。
そして、綺麗に儚く笑ったのだった。

「そんなの、教えてあげなーいよ」

他人の言葉にずっと縛られ続けたイルカを、カカシは心を痛めながら見つめていた。
言葉のもつ威力は、カカシ自身もよく知っていた。
だからカカシはイルカを想う気持ちを決して彼に告げない。

ポンッと乱暴にイルカの頭を撫でると、カカシは踵を返して歩き出した。
後ろでに手を振って、「はやく、迎えにいってあげなさいよ! 幸せになってね」と、言い置いて。

そんなカカシの優しさを、イルカは正しく理解した。
そしてカカシへの愛は確信へと変わる。

「まっ……待ちやがれぇっ!!!」

孤独な背中に、イルカの飛び蹴りがさく裂するのは、この数秒後。

「いったぁあああああ!!! 何するんですかっ、イルカ先生っ!?」
「うるせー!! 人の話は最後まできけー!!!! 俺が好きなのは、はたけカカシ、アンタだー―!!!」
「えっ!? 嘘でしょ?」
「嘘じゃねぇよ!!」
「え!! えっ!? えぇえええーーーーっ!? 俺っ、男だし、俺なんかより、ユカ上忍のほうがアナタに相応しいっ」
「バカヤロー!! グダグダ言ってないで、俺を惚れさせた責任を、一生かけてとりやがれ―――――!!!」
「えーーーっ!? ほんとですかぁーっ、俺はまだ信じられませんっ」


ぎゃいぎゃいと言い争う声がしばらくの間、演習場に響いていたが、突然消えて静かになった。
イルカがカカシをキスで黙らせたのだ。

「え? あ? う??」
「これでっ、わかりましたか!?」
「うそ……。ホントに両想い? 夢みたい」
「夢じゃねーよ」
「じゃ、じゃぁ、もう一回シテ? ね? イルカ先生!」
「な、何回だってしますよっ! って、恥ずかしいこと言わせんでくださいっ、カカシさんっ!!」
「うっわ〜! イルカ先生ー!! 大好きです。実はずっと愛してましたー!!」
「ちょっ。カカシさんっ。こっ、声が大きいですってば!!!」

そんなこんなで、カカシとイルカは無事に結ばれたのです。
この後の二人が、末永ーく幸せに暮らしたことは言うまでもないのです。



おしまい


きゃらこ様からのリクエスト内容は、「男女問わずモテモテなイルカ先生(モテ自覚ありでスレ気味…)が、一途なカカシさんに絆されるお話」でした。きゃらこ様リクエストありがとうございました。


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