Requiem　

あの日、家に帰ると玄関の引き戸が空いていて、家の中から複数の人の気配がした。
父さんの気配はなかったけど、とくに危険なチャクラも感じなかったから俺は「ただいま」って大きめの声で言って家に入ったんだ。

返事はなくて、誰かが出迎えにくる様子もないから、俺から出向くことにした。
長い廊下の突き当りを曲がった先の和室に、彼等はいた。
どうしてか畳がすべて変えられていて、真新しい井草の匂いが部屋に漂っている。
暗部装束に身をつつみ、顔を面で隠した彼等は部屋の真ん中で立ったままで何事かについて話あっていた。
実際に暗部を見るのははじめてだったから、すこし興奮したのを覚えている。
どうして彼等がうちにいるんだろう。

「あの……」

俺が話かけると、鹿の面をつけた女が俺の前に片膝をついた。
どうやら相手をしてくれるようでほっとする。

「あなた、カカシ君ね。お父さんにそっくりね。私たちが家にいて、びっくりしたでしょう？　ごめんなさいね。あの、サクモさんとは任務でよく一緒になって。命を助けられたこともあるの」

鹿面はどうでもいいことを話した。
だけど、それが確信に触れるきっかけを探しているような口ぶりだったので、俺は遮らず黙って聞いていた。
案の定しばらくすると鹿面は会話を唐突に切って、それから覚悟を決めたようにまた話はじめた。

「カカシ君、気を確かにね。……サクモさんが死んだわ。自死よ」

びっくりして鹿面の顔をみる。
面に空いた二つの穴から、いやに痛ましげな眼が俺をじっと見ていた。

「機密の多い躰だから、遺体はもう我々で処理してしまったの。貴方に渡せるものがこれしかなくて、ごめんなさい」

目の前に差し出された小さな匣を、俺は受け取った。
それは拍子抜けするくらいの軽さだった。
そうっと開けると、父さんが肌身離さずつけていた結婚指輪が入っていた。

「屋敷の中もすべて見せてもらって、こちらでの保管が必要と判断したものは持ち帰りました。ごめんなさい」

鹿面はいろいろなことを話した。
それはおもに葬儀の手配のことだったり、俺のこれからの生活のことだったりしたけれど、俺はうわのそらだった。

だって、お腹が空いていたし、お父さんが帰ってくるまでの間どうやってひとりでやっていくか、考えなきゃいけないことは山ほどあったからだ。

父さんは重要な任務についたんだって、俺はすぐに気付いた。
とても重要で、しかも周りに死んだと思わせなきゃいけないくらいの機密性の高い任務。
だって父さんが俺をおいて死ぬなんて、ましてや自殺するなんて、そんなことは絶対にありえないんだから。

父さんのことだから、完璧に任務を遂行して帰ってくるだろう。
そうして、父さんはまた里の英雄になるんだ。
だいたい何か月で帰ってくるのか誰にも聞けないのがちょっと辛いけど、ちゃんとひとりで暮らして、父さんに褒めてもらうんだ。
里のみんなにも、”流石はサクモさんの息子だ。しっかりしてる”って認めてもらえるように、ちゃんと独りで生きていかなきゃ。

あぁ、最近父さんが家事のことを細かく教えてくれてたのは、こういうことだったんだ。
父さんには自分が任務にでることがあらかじめ分かってたんだね。
だったら準備も入念に済ませたことだろう。
よかった。
父さんもがんばってるから、俺もがんばらないと。

「カカシ君大丈夫？」

大丈夫に決まってる。
だって俺ははたけサクモの息子なんだから。

「わたしたち、もう行かなきゃならないの。また会いにくるわ」

鹿面は何度もごめんなさいといって、他の暗部と共に去っていった。

俺は父さんの帰りをまった。
父さんがいつ帰ってきてもいいように、
家を綺麗に整えて
多めの食材を買って
父さんの忍具の手入れをして
修行とか自分のことだって頑張ってる

だけど、父さんは2か月たっても、3か月たっても半年たっても帰ってこなかった。

そのかわりいろんな人が家に来て、父さんのことは気の毒だったと言って帰る。
鹿面なんてしょっちゅう来た。
来てくれるのはかまわないけど、ひとりぶんのご飯を作ってもってきたり、俺の服を買ってきたりするのは迷惑だった。
あるとき「一緒に暮らさない？」って言うもんだから、俺は声をあらげて鹿面を追い返した。

それから、鹿面は来なくなった。

何にも知らない人たちが父さんを死人扱いする。
嫌だ。とても嫌だ。
父さんが自殺なんてするわけないのに
だって、俺がいるんだよ。
そうでしょ？　父さん。
ねぇ、父さん、早くかえってきてよ。
お願い、はやくかえってきて。

父さんがいなくなって1年がたった。
丁度その日に、鹿面が来た。

「カカシ君、火影様にお願いして、取り戻してきたの。これは貴方がもっているべきものだわ」

鹿面は、紫の布に包まれた長細いモノを俺に差し出した。
布を解くと、中からチャクラ刀が出てきた。
父さんが大事にして、任務に出かけるときには必ず持って行っていた、あの刀だった。

「カカシ君、お父さんは死んだのよ」

鹿面の声が。
鹿面は今、何て言った？

「認めたくない気持ちはわかるけど、サクモさんは死んだの」
「嘘だ！！！」

嘘だ
嘘だ
嘘だ
父さんが死んだなんて、嘘だ！！！

「でたらめ言うな！　父さんが俺をおいて死ぬわけないじゃないかっ！！」

だけど、俺は確かに覚えていたんだ。
あの日、部屋に漂う井草の青臭い匂いの中に、血臭が混じっていたことを。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 （2016.08.27）